多摩モノレールは極めて高い位置を走るので景色がいい。遠くの山並みもみられるし、天気が良ければ富士山もよく見える。立川から南下して3駅目、京王線高幡不動から北上して次の駅が万願寺駅である。開業は平成12年(2000年)である。万願寺駅のすぐ脇にあるマンションの駐車場の一角に地蔵堂がある。

覆屋の軒下に「東浦地蔵尊」と書かれた一枚板がある。中を覗いてみると、多数の石仏、庚申塔や地蔵菩薩が並んでいる。昔の地名では地蔵堂の辺りが万願寺、日野バイパスの南側が新井で、東側が石田、万願寺の西が下田という字名になっている。実は万願寺という寺院は周辺には存在しない。江戸時代初期は万願寺の渡しで多摩川を渡り、現在のモノレール沿いに北西へ甲州街道が通っていた。

堂内の右側には丸彫の地蔵菩薩像が沢山あるが、どれも時代は新しそうである。しかし人形(ひとがた)に似ているので今も庚申塔などに比べて地蔵菩薩はより祀られている感じがする。それぞれの造立年などは読み取れなかった。

左側には笠付角柱型の庚申塔がある。日月、青面金剛像、三猿が描かれ、宝永4年(1707)2月の造立年が刻まれている。側面には蓮葉が描かれている。左の小さな祠風の石塔の台石には「申、申、申」の文字がある。台石なので、この石祠が庚申と関係するのかどうかは分からない。石祠は安永3年(1774)の造立で、「奉再造立」「女念」の文字があるので、再建もの。

堂内の左隅にあったのは角柱型の庚申塔である。正面には「庚申供養塔」の文字。台石には三猿が印刻されている。造立年は文化10年(1813)10月で「當村講中十人」の文字がある。

堂宇の外側にあったのは、自然石の馬頭観音。大きな自然石に「馬頭観世音菩薩」の文字と、文政2年(1819)2月の造立年が彫り込まれている。ブロック塀の隅にあるのは、角柱型の庚申塔。日月に「青面金剛塔」の文字があり、寛政4年(1792)9月の造立年と「當村講中」の文字がある。
場所 日野市万願寺4丁目2-2
東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)
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