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2026年10月 2日 (金)

大坂上の庚申塔(日野市大坂上)

JR中央線日野駅は段丘の際に作られた駅である。かつては段丘の上にあったが、昭和12年に少し北寄りの段丘の下に移動した。その為、現在は改札を入るとホームまでかなりの登りになる。ホームに出るとロータリーを見下ろすが、甲府方面にホーム上を進むと両側の土地がホームの高さになる。

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西側の坂の上は崖の中腹という感じで、さらに数十m上まで崖線が見える。その中腹に「加組」と書かれた倉庫があり、その手前に庚申塔が並んでいる。この倉庫はおそらく祭りの神輿のようなものを格納しているのだろう。レールらしきものがコンクリートの床面に埋め込んである。

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いちばん奥にある高い角柱には「高幡山八十八箇所」とある。明治43年(1910)3月に建てられたもの。高幡不動と関係がありそうである。右側の笠付角柱型の庚申塔は、日月、青面金剛像、三猿の図柄。造立年は宝暦10年(1760)3月と刻まれている。

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3基の庚申塔の中央にある笠付角柱型が一段大きく、これも日月、青面金剛像、三猿の図柄。元禄7年(1694)7月の造立年があり、「奉造立庚申」の文字と、側面の蓮葉が特徴。下部に願主名が多数刻まれている。右の笠付角柱型の庚申塔は、宝暦11年(1761)4月の造立で、日月、青面金剛像、三猿が描かれている。側面に「庚申供養塔」の文字がある。

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一番道路側にあったのは櫛型角柱型の馬頭観世音菩薩。「3月」の文字は読めるがそれ以外は判別できない。この石仏群を見ていると、私より一回りほど上の女性に声を掛けられた。ここにある庚申塔は昔は山の上や他の場所にあったのを、母たちが集めてここにまとめたのだという。おそらく大正時代以前のことだろう。この場所を古地図で見ると、ちょうど甲州街道の急坂にあたる。坂下と坂上では30mほどの高低差がある。村人が旅人の往来のある甲州街道脇に石仏を集めたのだろう。坂を上ってきた旅人は、坂下地蔵堂とこの庚申塔にお参りをして、次の大和田へと歩いたに違いない。

場所 日野市大坂上1丁目19-2

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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