2008年5月10日 (土)

たきび禁止のこと

1今日は関根さんの樹木勉強会に参加するために、秩父の正丸オートキャンプ場に行ってきました。 あいにくの雨でしたが勉強会はオーナーの杉田さんが6年かけて建てた大きなログハウスの中で行われたので、快適な時間を過ごすことができました。

2 でもひとつだけ、大好きな焚き火が出来なくなってしまったのです。 消防署の指導で直火が禁止という指導を受けてしまったためなのです。 焚き火の出来ないキャンプ場がどんどん増えていきます。 確かに無責任な人による火災や事故を想定すれば仕方のないことかもしれませんが、管理の行き届いた場所で管理できる人がやることも禁止という、善悪十派一絡げの行政の対応がこの国には蔓延しているのも事実です。

刃物を持ったことのない子供だから刃物で人をあやめてしまう。 火を使ったことがない子供だから火による事故を起こしてしまう。 現代では子供を大人に置き換えても同じ意味になります。そういう国になりたくない、そう思うのはボクだけでしょうか。

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2008年5月 8日 (木)

春いつまで?のこと

なんだかあっという間に春が過ぎてしまった感じがします。

1 1ヶ月前に赤い花とは思えない花をつけていたアカシデはすでに実をつけていました。 アカシデはどれが花でどれが実なのかわかりにくいのですが、葉が出始めてから実がつくまであっという間だったように思います。

1_2 2 エノキも先々週は花を咲かせていたのに、もうこの花も散ってしまっています。 まるで駆け足で過ぎ去ったような春だったなあ。 少し前まではなんとも思わなかったというか、気づきもしなかった樹木や野草の変化に気づくようになって、季節感を敏感に感じるようになりました。 そしてその早さにいささか驚いています。

1_3 2_2 シジュウカラが遊んでいた梅の樹ももう立派な実をつけて、葉が生い茂っています。 こうして沢山の葉をつけて、これからやってくる梅雨の時期にたくさんの雨を受けようとしているのでしょうか。

週末はまた生憎の雨になりそうです。 晴れんかなあ・・・。

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2008年5月 7日 (水)

夏が近寄るのこと

なんだか暑さを感じるようになりました。 三寒四温といいますが、段々と「寒」の日がなくなっていく季節です。 ボクは冬の方が好きです。 暑さに弱いんですね。 だから夏は渓流に釣りに行ってチャプチャプするのが好きなのです。

1 2 3 ハナミズキの花が咲いていたのがつい1週間ほど前のことでしたが、もうほとんど花は落ちてしまっています。 結構あっけなく散ってしまうもんだなあと、一抹の寂しさを感じます。

1_2 ツマキチョウというめずらしい蝶を見つけたもの先週でした。 実際はめずらしくはないのかもしれませんが、ボクははじめて知ったのです。 壊れた小さなモンシロチョウかと思いました。 チョコチョコ飛び回ってなかなか止まってくれませんでした。

1_3 2_2毎日駅との往復に通る路地の一角にツバメがいました。 このそばには去年まで巣があったのですが、今年はなくなっていました。 でも、ここに居座っているところを見ると、これから巣作りに入るのでしょうか。 楽しみです。

ちょっぴりだけ汗をかいた気がします。ふぅ。。。

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2008年5月 5日 (月)

ドブネズミくんのこと

1一昨日野川を散歩しているときに、偶然ドブネズミくんに出会いました。 ドブネズミといっても必ずしもドブに棲んでいるわけでもなく、かといって人間の敵というわけでもありません。 確かに都心の繁華街にたくさんいますが、野に住むドブネズミくんは臆病者でいてなかなかの愛嬌者でもあります。 彼に言わせると、なんでモルモットやハムスターは可愛がられるのに、ボクは邪険にされるのだろう?・・・なんだそうです。

2ボクが近づいていくと、見つかっていないフリをしながら背後の気配を探っているのがよくわかりました。 かなりオトボケさんです。 もっとも最近人間の営みに堂々と攻め込んでいるのは、ドブネズミよりもクマネズミのほうが多いようです。 都心の繁華街の大きくて黒いネズミはクマネズミです。  またお家の天井裏を走り回るのもクマネズミで、ドブネズミは高いところが苦手です。

3さすがにそばまで近寄っていくと、「こりゃかなわん」とまるでウサギのようにピョンピョン飛び跳ねて逃げていってしまいました。 川原で生活するドブネズミは穴を掘って暮らしています。結構泳ぎも得意なんですね。 まあ、そう嫌わずに・・・ネズミがいるうちは災害は襲ってこないといいますからね。

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2008年5月 1日 (木)

くさがめくんのこと

明治神宮の池にクサガメくんがいました。

1_4 大きな鯉に邪魔されながらも、何かくれ!といわんばかりに顔を上げています。なんとなくユーモラス。 クサガメはもとから日本にいた普通の亀です。ボクが中学生のころにミドリガメブームがありました。そのミドリガメ、実はアカミミガメといって20cm以上になります。もてあました飼い主があちこちの池に捨ててしまったので、井の頭公園などではミドリガメが溢れています。

2 でもさすがに明治神宮、池にいたのはクサガメでした。クサガメの特徴は背中に縦に走る3本の峰です。畝(うね)と呼びます。 ちょうど畑の畝に似ているからです。

なんかカメさんてのんびりしてて、眺めているとほっとします。カメで混みあっている場所でも決して争ったりしてないですし、カメ同士で重なっても気にしてない感じがいいです。

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2008年4月 2日 (水)

焚き火のこと

2焚き火はカーボンフリーと云われます。 別名カーボンニュートラル。  現在の消防法では焚き火は概ね禁止されているようですが、実は樹木が溜め込んだ空気中のCO2を燃やして再発生させるという意味で二酸化炭素はプラスマイナスゼロというわけです。  それに比べて火力発電や自動車は化石燃料を燃やすわけですから、 カーボンがニュートラルではないのです。

環境問題というと重苦しいですが、ボクたちは車に乗って山などに出かけ、そこで森林を保全したりしています。 往復の道程はCO2を排出しています。 ということはボクの行為はCO2を増やしていることになります。 厳密に言えばそうなのですが、だからと言って森を放置したくはありません。 そういう矛盾を考えたこともありましたが、今は気楽に考えています。

1 川で魚を釣って焼いて食べる。 最近は年に1度するかしないかで、ほとんどキャッチ&リリースです。 カッコつけているわけではありません。 魚が増えて昔ながらの川になってほしいだけです。 ほんとうに無駄なく食べるときだけは魚の命をいただきます。 それでも魚からすれば迷惑な話です。 でもボクは感謝していただきます。

エゴイズムも善意もみんなごちゃ混ぜです。 でも少しでも自然を理解すること、何かできることをすること、それがボクにできることだと思っています。

焚き火をじっと飽きずに眺めていると、ごちゃごちゃしたことを考えるのが馬鹿らしくなります。 いずれは自分も土に還ることを素直に受け入れられる気持ちに焚き火はしてくれます。

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2008年3月22日 (土)

小菅の春のこと

今日は暖かい春の週末、小菅川に行ってきました。 釣果はヤマメ1尾でしたが、とても気持ちのいい釣りが出来ました。(瀬音の森渓流通信に記事があります)

Photo 山のこんな斜面に畑を開いて毎年耕して作物を植えています。 山里の風景の中でもとりわけボクが好きな風景です。 東京からさほど遠くないこの村ではあちこちに見かけます。 この畑を維持するだけでもとてつもない忍耐と体力が必要です。 土が流れないように、斜面の上から下に向かって鍬(くわ)を入れなければならないのです。

山里の人々は決して自然を壊したりはしません。 こうして狭い畑を耕して土を保ち、それが山の土壌を維持しているのです。 イノシシやハクビシンが作物を荒らします。 「大変ですね」と言うと、「動物たちも生きるのに必死だから少しくらい分けてやってもいいよ」と村の人は言いました。 それが山里のこころです。

Photo_2 春暖かいといっても、日陰にはまだ雪が残っています。 小菅村の今日の最高気温は17度くらいだったのですが、森の木陰にはまだこんな冬が残っていました。 杉の実と葉が解けながら半分氷になった雪の上で春の日差しの輝きに包まれていました。

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2007年8月 6日 (月)

セミの季節のこと

ふぅぅぅ・・・暑い(~_~;)。 セミがここかしこで鳴いています。 7月下旬から8月上旬の主役は都内ではアブラゼミ。 ちょっとハスキー?な声で、正直なところウルサイ(笑)。

Semi_01_2 この時期はあちこちでこのタイプのセミの抜け殻を見かけます。 多くはアブラゼミの抜け殻です。 しかしセミも地中で何年も過ごしてきて、ようやくシャバに出る時が来て、たった1週間の成虫としての人生(虫生?)を精一杯生きています。

そういえば少し涼しくなる時間帯にはもうツクツクボウシが鳴いていますね。 そして山へ行くとヒグラシが鳴いています。それぞれ得意な場所や時間があるのです。

Ezoharuzemi_01 この写真は10年ほど前、知床で撮ったエゾハルゼミです。 まだ地中から出てきて羽化したばかりで、独特な色をしています。 北海道らしい色合いだなと思います。 アブラゼミもあんな暑そうな色をしていますが、土から出てきたときは白っぽい色をしています。

セミの抜け殻はサナギではありません。 セミはサナギにならずに幼虫からいきなり成虫になります。 アブラゼミで幼虫期間は6年ほど。 あちこちで鳴いているのを聞いているとこの東京の土の下に毎年あれだけ出てくる分の幼虫がいるのだと思うと不思議でなりません。

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2007年7月29日 (日)

ヒグラシのこと

Higurashi_01 夏の山や沢に行くと必ず鳴いているのがヒグラシです。 カナカナカナとなんとなく哀しげな鳴き声を谷間に響かせています。

実はボクがヒグラシを実際に見たのは30代に渓流釣りをはじめてからでした。西日本(山口県)育ちでしたので、まずはクマゼミ、アブラゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシでした。 関東に来て夏にクマゼミが鳴かないのに驚いたものです。 もともと関東地方にはいないようです。そのかわりミンミンゼミがいました。 これは故郷ではほとんど見たことがありませんでした。

西日本のクマゼミが朝になるともう7時くらいから、ワシャワシャと鳴き始めるのに比べ、ヒグラシは夕方に鳴くということが多いようです。 でも実際には曇りのときなどは時間に関係なく鳴いていますから、相当明るさに敏感なのでしょう。

Higurashi_02 渓に生えているフサザクラの木にしっかりと抱きついているヒグラシにそっと近づいて撮影しました。 近づくと鳴くのをやめましたが逃げることはなかったのでそのままシャッターを押しました。

どうも夕方に多く鳴くことから、秋のイメージとして捉えられているヒグラシですが、実は谷あいではもっとも早く鳴き始めるセミだといっても言い過ぎではないと思います。7月にはあちこちで鳴いています。 そして9月くらいまで鳴いています。 もちろんセミの成虫は短命なので、入れ代わり立ち代り鳴いているのでしょう。

ボクはヒグラシの声、好きですね。 ただし2,3匹まで。特に暗くなりかけるときのもの悲しさはなんともいえない風情があります。

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アオダイショウのこと

ボクが初めて見た映画は「101匹わんちゃん大行進」です。 昭和30年代に公開されたDISNEY映画ですが、その次に見たのが加山雄三の「エレキの若大将」だったと思います。その若大将に出てくるのが田中邦衛扮する「青大将」でした。(古いなあ・・・)

さて今日の写真はヘビがきらいな人はクリックして拡大しないでください。

Aodaisho_01 小菅で鵜住居さんがアオダイショウの完璧な抜け殻を見つけたときに最初に脳裏をかすめたのは、田中邦衛の青大将でした。 当時青大将は旧家の軒下や天井裏には必ずと言っていいほどいたものです。 蚊帳の上に落ちてくるものもいました。

近所の旧家には3mほどのアオダイショウが住み着いていて、そこのおばあちゃんは守り神として崇めていました。実際には害のあるネズミを捕らえてくれるという点で利点はあったようですが、やっぱり気持ちのいいものではありませんね。

日本には人家に近いところに多いのがアオダイショウ、どこにでもいるシマヘビ、田んぼにときどきいたカラスヘビはこのシマヘビの仲間、あと毒蛇ではマムシとヤマカガシ(南方ではハブもいます)というのがヘビ類のレギュラーでしょう。その中でもっとも大きくなるのがアオダイショウです。

Aodaisho_02 おそらくこの抜け殻は1~2日前のものでしょう。 左の写真を見ると眼の部分まできれいに剥がれて残っています。子供の頃よく祖母に蛇の抜け殻を財布に入れておくとお金が入るといわれて入れていたものですが、いまだに貧乏なのであんまりご利益はないと思います。

ちなみに私の故郷の山口県にある岩国市の天然記念物シロヘビはアオダイショウのアルビノ(変異種)だそうです。

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2007年6月 6日 (水)

アカミミガメのこと

01_44 池を泳ぐ亀・・・ボクにとって身近なカメはクサガメです。 子供の頃はクソガメと呼んでいました。 ところが東京のとある池 (井の頭公園であります) で泳いでいたカメは首に赤い筋がありました。 これはクサガメではありません。 アカミミガメという帰化したカメでした。

アカミミガメはもともとミシシッピアカミミガメといい、名前のとおり北アメリカ原産です。別名をミドリガメといえば、ああそうか・・・とうなづく人も多いと思います。

02_19 ミドリガメといえば小さくて可愛いものと思っていました。 お祭りの売店で売っていたのを鮮明に覚えています。 ボクは貧乏なほうだったので、カメなんかどこにでもいるのだからと買って貰ったことはありませんでしたが、ちょっと小金もちの家では水槽に飼われていたものです。 そのミドリガメが捨てられて大繁殖して、今では全国各地にいるのです。

01_45 クサガメをクソガメと呼んでいたと書きましたが、クサガメでも「糞」が「臭」になっただけでたいした違いはありません。 ミドリガメ(アオミミガメ)が緑っぽい甲羅をしているのに比べ、色はほとんど灰色、背中に3本の折れ目?があるのがクサガメの特徴です。 井の頭池ではたくさんのカメがカルガモを囲んで休憩していましたが、ほとんどがアカミミガメでした。 クサガメはどこへいってしまったのでしょう?

もっともクサガメももとは大陸からの帰化だとも言われています。 日本固有種はイシガメだけのようです。 イシガメ・・・そういえば40年も前のこと、田んぼなどにいましたねえ。 ちょっと小さめですが、あぜ道を歩いていたりしていました。 当時は田んぼの中の小川で、ヤゴ、ゲンゴロウ、タガメ、ミズスマシなどを容易に見つけることが出来ましたし、フナやハヤがいくらでもいました。 有機農法の時代ですから、肥溜めに落ちることもまああったような・・・それが豊かな自然を育んでいたんですね。

小川に入って、魚や虫を捕まえていると、足にヒルがくっついているなんてのは日常茶飯事でした。 ヒルはきらいですが、最近はヒルすらあまり見かけないですね。 まあヌマビルもヤマヒルもいないほうがいいですが、それすらいないのはやはり寂しいものです。

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2007年5月17日 (木)

虫さんのこと

今日は虫です。 きらいな人は見ないでください・・・て、もう見てしまいましたか。

01_32 1枚目はアメンボです。 ボクが子供の頃は小川や水を張った田んぼにはどこにでもいたものですが、そういう場所がほんとになくなったんだなって、このアメンボを見たときは思いました。 しかし表面張力でよく浮いていられるものですね。 もっとも洗剤が入ると表面張力が効かなくなって沈んでしまうようですが・・・そういういたずらはしませんよ。

アメンボはカメムシの仲間です。 カメムシといえば、臭いので有名。 でもこのアメンボは小動物の体液をその尖った口(突き出ています)で吸うんです。 この写真は親子ではありません。 実は交尾しているのです。(これからするのかな?)

01_33 いっぽうもう1枚はテントウムシです。 ナミテントウといいますが、ボクらが子供の頃はフタホシと呼びました。 とはいうものの4つ丸い模様があるものもいたりしましたが、一応ナナホシテントウとは区別していました。 鳥さんはテントウムシが好きではありません。 というのもテントウムシは危険が迫ると体液を出しそれが臭いからです。

そういえば昔テントウ虫という車がありました。 覚えている方はおそらく50代前後でしょう。 スバル360です。 ボクの実家はマツダのキャロルでしたが、当時一番多かったのがテントウ虫ことスバル360でした。 その後ホンダのN360とかホンダZやライフが売れた時期がありましたが、スバル360はまさにテントウ虫と呼ぶべきスタイルでした。 元はといえばフォルクスワーゲンのビートルをそのままカブトムシと読んだのに呼応して付いたのだろうと思いますが、動くのがあったら乗ってみたいですね。

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2007年3月11日 (日)

むしろのこと

幼いころ土建屋が生家であったぼくの家には筵(むしろ)がたくさんありました。 堤防工事などに使う土嚢(どのう)に使われたりしていたと思います。 人々はお米を作ったあとに残る藁(わら)でいろんなものを作っていました。 畳も表はい草ですが本体は藁ですし、草鞋(ワラジ)は言うに及ばず、蓑(みの)や縄、そして藁屋根など、生活に必要な多くのものを藁を使って作っていました。

山口県に有名な秋芳洞という鍾乳洞がありますが、昔は奥まで入ることが出来た覚えがあります。 さるすべりという場所で草鞋を履き、鉄鎖をつたって入っていったときはまさに探検気分でした。 渓流釣りを始めたころも、沢の岩場では地下足袋に草鞋がいいなどと聞いたこともあります。 もっとも私は最初からフェルト底の靴でしたが。

Mushiro さて筵(むしろ)といえば、道端でこれに座って「おありがとうござ~い」と小銭の恵みに礼を言う乞食のイメージが私にはあります。 さすがに高度成長とともに乞食はほとんど見かけなくなりましたが、小学生の仲間内では乞食が聖徳太子(10000円札)を持っているとか、実はすごい大金持ちだとかいう噂がまことしやかに話されていました。 しかし筵に座るような乞食がそんな金持ちのはずはありませんね。 でも当時の乞食は現代のホームレスとはまったく別次元の存在だったような気がします。

今の子供たちに筵を見せたら、どういうイメージを持つのでしょうか。 百姓一揆の旗? まあそういう見方もあるかもしれませんが、大昔には高貴な人物の通る道に敷いて、いわゆるレッドカーペットとして用いられたこともあるそうです。

様々なことが筵から思い浮かびますが、やはり昔の人々の生活の知恵を復活してはどうかと思えてしまいます。 筵っていいもんですよ。 小学生の運動会のとき、筵を敷いてその上にゴザを敷いていました。 土建屋や農家の特権でしょう。 なかなかすわり心地もいいし、横になっても地面のごつごつがなくて快適です。 今ではテントシートが出回っていますが、1畳あたり1000円~2000円もします。 それにテントシートや養生シートは自然に還らない。 でも筵なら自然に還って土になります。

こんど筵を探してみようと思っています。

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かいこのこと

絹織物・・・義務教育で養蚕業の盛んな町の話を習ったものです。 群馬県の富岡製糸場のことや女工さんのことを話として聞いたものですが、実際に蚕を見たのは2,3度しかありません。 そもそも昭和33年生まれで西日本の炭鉱町に生まれ育ちましたので、近郊農家のともだちの家には出入りしたものの、養蚕業などありませんでしたから、無理からぬことかもしれません。

Mayu 絹は独特の光沢があり高価なものです。 ほとんど木綿と化繊しか着たことがないぼくにとっては異次元の素材でもあります。 しかしこの繭(まゆ)ひとつから1000m前後の糸(繊維)が取れるというのは驚きでもありました。 見方を変えると、蚕は1000m分の糸を吐き出し続けたということですから、すごいことです。 蚕のまゆをじっと見ていると、それが釜茹でにされてすでに生命のないものであるにもかかわらず、なにか息吹いているような感じがします。

絹の道(シルクロード)がヨーロッパから中国までつながっています。 西洋やその他の地域では絹の作り方がわからず、そのために中国からインドやペルシャ、そしてローマへと運ばれていきました。 どうしてたかがこの繊維をそんなにまでして手に入れたかったかと不思議でなりません。 人間の欲望が文化を作ったのでしょう。 それがシルクロードになっていったのだと思います。

今では中国、インド、ブラジルが世界の絹のほとんどを生産しています。 日本のお家芸であった時代は終わったのかもしれませんが、和楽器である琴(筝)、三味線などの弦(糸)は絹で出来ています。 絹は日本の音になっているのですね。

何年か前に雪の残る野麦峠(長野・岐阜県境)を越えたおりに、同乗者と「女工哀史」の話になりました。 野麦峠の道を走ってみれば、「あゝ野麦峠」でこの厳しい峠道をしかも雪の中で越えた苦難は、とてつもないことだと感じることが出来ます。

繭玉をじっと眺めていると、いろんな歴史がその繊維のなかに閉じ込められているようでした。

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2007年2月12日 (月)

やまのけしきのこと

ボクは登山家ではありません。 渓流の釣りをする人です。 でも渓流は山にあります。 どんどん沢を釣りあがっていって、最後に尾根筋にでることもあります。 そんな時いい景色を見られるとまた別の喜びを感じます。

070211yama 日本は山国です。 だから山に登ると山が見えます。 ただ登山道から登った山の景色と、沢から登った山の景色はたぶん違うのだろうと思っています。 山があるから谷があります。 谷には水が流れています。 この水とボクたちは長い間付き合って暮らしてきました。 それを見ながら登っていくことは、時をさかのぼることに通じるものがあります。

山の神様は水の神様でもあります。 ただ川で遊んでいると、昔はもっと水がたくさんあったとか、山が豊かだったとか聞きます。 昔は知りません。 でもこの10年でもずいぶん様変わりしたところもあります。 ダムもそうです。 必要でないとは思いませんが、ダムとダムとのあいだのつながりとか意味合いがおかしなものがたくさんあります。 ダムが壊れるのを防ぐためにダムを作るなんてまさにそうです。

またダムはいつまで持ちこたえるかという答えを聞いたことがありません。 ピラミッドや仁徳天皇稜みたいに何千年も持つのでしょうか? きっと100年も厳しいのではないかと思います。 山の清水は大地と森という自然のダムから湧き出たものです。 ダムを壊すという工事を真剣に考えないとならない時代はもう目の前に来ているように思います。

今、日本の山の木は9割が人工林か二次林だと言われています。 二次林とは災害で崩れたり、人工林で伐採したあと自然に再生しているものです。 多くの植林はここ100年の間に行われました。 そのツケがいつまわって来るのか、それをきちんと考えて次の100年を考えることが、今問われているのだと思います。

070211yama2 この時期黄色くなる山が目立ちます。 杉林です。 今年は花粉が少ないといわれていますが、今年がよければいいのでしょうか? バランスが崩れるスピードが一時的に緩んだだけかもしれませんし、来年はどうなるかわかりません。 100年とか1000年を生きてきた樹木に知恵があるとしたら聞いてみたいものです。 人間はこれからどうなるのですか?

なんでボクが森のことを気にするかを考えてみると、嘆いていても始まらないからなのだと思います。 1000億本の樹木のうち、10本をいい木に出来たら、それはボクができる自然への恩返しなんだろうと思っています。 木を学ぶことで、時間を学びます。 人間を学びます。

この世はすべてのものがつながりあって成り立っていることを忘れているひとが多いです。 賢い人がいれば馬鹿な人もいます。 でも全部賢い人だったら、それは賢い人じゃない。 それぞれ違いがあって、役回りがある。 人間にも自然の中での役回りがあると思います。

山の景色を見ながら、そんなことを考えてしまいました。

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2007年2月 4日 (日)

暖冬のこと

ことしの冬はあたたかいです。 いや、ことしの冬もあたたかいです。 毎年すこしずつ地球の平均気温があがってきていることは、みんな知っています。 冬ってもっと寒かった気がします。 だからくまさんもときどき目が覚めます。 でも冬は鉄砲解禁の季節だから、気をつけましょう。

070204_tsugumi

ぽってりとふとったヒヨドリが電線に留まっています。 羽があったかそうです。 今日も12度ほどになりました。 冬の羽毛に包まれたからだにとってはぽかぽかで気持ちよくて、つい留まったままぐうすか眠ってしまいそうでした。

東京の1月の平均気温は、観測の始まった1876年から1900年までの平均が2.7度でした。 そして1925年までの25年の平均は3.0度、1950年までが3.3度、1976年までが4.6度です。 最初の100年で1.9度上昇しました。 それから次の25年、1976年から2000年の平均は5.8度、そして21世紀になってからの平均は6.1度です。 100年前と比べて3度ほど気温が高くなっているんですね。 暖冬は過去との差で決めますので、暖冬といっていればだいたい間違いないわけです。

いっぽう夏(8月)はどうかと調べてみました。 1876年から25年刻みでまとめると、1900年までが25.7度、1925年までが25.2度、1950年までが26.4度、1975年までが26.8度、2000年までが27.1度、21世紀に入ってからが27.2度です。 夏のほうは1.5度高くなっているだけで、こっちは暑い夏か冷夏かのコメントはむずかしそうです。

最後に1年の平均は、100年前の平均13.8度に対して、21世紀に入ってからの平均が16.5度ですから、やはり3度近く上がっています。 こうやって自分で調べてみると、温暖化ってほんとうに深刻なんだなって納得してしまいます。

070204_ume 公園の梅が咲き始めました。 とってもきれいな花です。 桜はもっとあたたかい時期なのでちょっとぼけぼけした感じですが、梅の花は寒い時期に咲くのできりりと引き締まった感じがして桜より梅のほうが美人だなって思います。

こんなきれいな自然をいつまで見られるのでしょうか? 温暖化についてはすでにPoint of No Return(もう取り返しのつかない限界点)を超えているとも言われています。 人間は数十年から百年程度しか生きませんので、もっと長い時の移り変わりを体感できません。 でも樹齢数百年の大木はそれを知っているのだと思います。

だからぼくたちは森や山や川や海という自然からそのことを学ばなくてはならないんですよね。 日本沈没って冗談ではすまないかもしれません。 確実にそれを裏付ける数字が出ています。 地図帳を開いてみてください。 その黄緑色の部分が全部海になってしまったら・・・こわいですね。

船でビルの残骸を見る観光なんてのがあって、みなさんこちらがかつて日本の中心だったという東京都の都庁ビルです。 船着場はかつての20階になりまぁす・・・・なんてこともありえそうな気がしてなりません。。。

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2007年1月28日 (日)

たきのこと

東京都の面積は約2,200㎢です。 日本の面積の0.6%に過ぎません。 それでも人口は1,267万人で日本の人口の1割が住んでいます。 多くのひとびとがきっと満員電車や高層ビル、それに混雑した街をイメージしていると思います。

でも東京都の自然も捨てたものではありません。 東京都を代表する川に多摩川があります。 山梨県との県境のミズヒを水源に130kmを流れ羽田空港で東京湾に注ぎます。 この多摩川の源流域にはなかなかの環境が数多く残っています。 もちろんほとんどを人の手の入った植林や二次林が占めますが、長い文化とともに息づいてきた人と自然のつながりをあちこちに見ることが出来ます。

週末に奥多摩周辺を巡りました。 正確には桧原村から奥多摩町を周ったわけですが、今回は1年ぶりくらいに払沢の滝に行って見ました。 払沢の滝に向かう最後の建物が郵便局を移設した民芸品のお店「森のささやき」があります。 ちょうどオーナー夫妻が到着されたところで、「じゃあお店が開くまで滝を見てきますね」と声をかけて滝に向かいました。Hossawa1

滝がかかっている沢はセキ沢という沢です。 多摩川の支流秋川、その支流北秋川のそのまた支流です。 水量は普通でしょうか、ぼくにとっては少し少ないかな・・・という感じがしました。 前回来た時には滝の下の溜まりにヤマメが泳いでいましたが、さすがに真冬だからか今回はいませんでした。

払沢の滝は実は4段の滝です。全部で落差は60mですが、下から見えるのは最終段のみで26mほどです。 去年はこの時期はすでに氷瀑になっていたのですが、今年はまったくその気配がありません。 帰り道にさきほどのお店に寄ってオーナーにお聞きすると、今年はどうでしょうねえ・・・とのことでした。 オーナーの双眼鏡で見せていただいたのは綾滝だったのでしょうか・・・向こうの山の中腹に流れる滝、肉眼では白い筋ですが、スコープを覘くと水の流れがはっきりと見えて迫力がありました。

滝を離れてから峰に上がってみました。 浅間尾根へは車で行くことができますが、途中たくさんのハイカーを見かけました。 皆さんぼくより年配の様子で、半世紀以上を生きてきたのに元気な方が多いことにいい刺激を受けました(ぼくも歩かなければ・・・)。

Hossawa2 浅間尾根からは奥多摩の人々が沢の周りだけでなく、山の上にも暮らしてきたことが感じられる風景を見ることが出来ました。 三峰神社の宿坊も1000mを超える標高の尾根に街があるのですが、東京都の中にこんな場所があって人々が生活しているなんて、あの街の真ん中では想像もできないですね。

なんか山歩きというか山里をまわるのってだいすきなんですよね。 もちろん人の息吹を感じられないほどの自然のなかにいることも素晴らしいですが、人の息吹が適度に感じられる自然の中がいちばん落ち着くように思います。 のうみそぼのぼの、いい洗脳になりました。

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2007年1月18日 (木)

くまさんのくまだなのこと

冬がやってきました。 みんなの山小屋に泊まりに行きました。 秋のころからあちこちにクマ棚がありましたが、冬になると葉っぱがみんな落ちてしまい、クマさんの作ったクマ棚だけが姿をあらわします。 おばあちゃんのくり林のくりの木にはたくさんのクマ棚があります。 ひとつのくりの木に3つあるものもありました。

Kuri2 あたりは雪が積もっています。 でもクマさんの作ったクマ棚は葉っぱが落ちることもなく、なぜかそのまま残っています。 クマさんがつばをいっぱいつけて、糊にしてくっつけたのでしょうか?

会長のくろーさんに聞きました。 クマさんは樹の先にある実や葉っぱを食べるのに、たぐりよせて食べてはおしりの下に敷いてしまうそうです。 そうするとだんだんおしりの下に小枝や葉っぱがたまっていって、あんなクマ棚になるのですね。 ということはもしかしたら・・・あの葉っぱにはクマさんのうんちがついているかもしれません。

くちゃい・・・・かも(~_~;)

さて、今年はたくさんのクマさんがハンターの人に撃ち殺されました。 とっても悲しいことです。 山の木の実がなくなって降りてきたら殺されちゃいました。 もちろん人を襲ったらいけません。 でもクマさんも生きなければなりません。 もっといい方法があるんだと思います。 とても残念で、とても悲しいです。

Kuri1 クマさんはくりが大好きです。  だからおばあちゃんのくり畑の樹に登って、くりを食べました。 おばあちゃんは「しかたねえ。今年は山の木の実がないから、くれてやったよ」と言っていました。 今年は蕎麦の実もみんな不作でした。 でもとりあえず生きていけるなら、少しくらいはクマさんにあげてもいいんだと思います。 そうすればまた来年、クマさんがもっともっといい森を作ってくれるかもしれません。

クマさんのクマ棚を眺めていると、お山の上で犬の吠える声が聞こえました。 そのあと人間の声、そして鉄砲のパンッパンッという音がしました。 ウリ坊かウサギさんが撃たれちゃったのかな。 猟師さんなら仕方ないですが、趣味のハンターなら・・・悲しいことです。

クマさん、来年の春には起きてきて、いっぱい食べてください。 そして一緒にゆたかな森を作りましょう。 じゃあ春までおやすみなさい。。。

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