2011年9月21日 (水)

稲刈りのこと

山形から東京まで一般道で帰ってきた。9時間半掛かった。寒河江から山辺、上山を抜け、金山峠から七ヶ宿街道へ、そして小坂峠を抜け国見で4号線に出た。そこからはずっと4号線をひた走った。意外と流れは速く80km/h近いアベレージの区間が多いので、休み休み走っても9時間半。2時間くらいは休んでいるので、正味7時間半である。高速道路の1.7倍という満足の行く所要時間で家にたどり着いた。 途中山形側の原口あたりではすでに稲刈りが行われていた。しばらく車を停めて、広がる田んぼと背景の山を眺めた。

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一生懸命育てた稲を出荷できない地域もある。放射能は体内蓄積レベルがポイントらしいから、私のような半世紀を過ぎた人間は多少食べてもなんともない。なのに地名だけで拒否反応を示す人間もいる。自分の子供が理由の不明瞭な差別を受けたら、その人たちはどう考えるのだろうか。小さな子供のいない家庭はもっと消費すべきだろう。

国も東電も極めて悪い。間接的な傷害と器物破損、そして精神的苦痛を強いておきながら、責任転嫁と知らん顔。しかし風評被害を引き起こす人間もそれに等しい間接的な加害者だと言わざるを得ない。 コウベを垂れる稲を眺めていて、例年は考えないはずのそういうことを強く思った。

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2011年7月22日 (金)

月山の夏、雪景色のこと

毎年というか、ヘタをすると毎月のように月山の周りのどこかに行っている。 月山は信仰の山で、湯殿山、羽黒山、月山の三山からなるが、実際は丸い尾根が数十KMにわたって広がる雄大な山だ。

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大井沢から望む月山は7月でもまだ雪を湛えている。夏スキーで有名な山。6月に月山の沢に入ると、雪渓に行く手を阻まれる。7月からが月山の自然が沸き立つ季節だ。そして9月には静かになり、黄葉が始まる。11月になると雪が降る。つまり半年以上、雪に閉ざされるのだ。だからこそ、7月には月山に向かって走る。

今日は涼しかった。最低気温18度、最高24度と、東京ではありえない涼しさだったが、東北では10度前後の地域もあったようだ。 この涼しさはこの山の沢で真夏の釣りをするときの涼しさに近い。 明日まではまだ涼しいようだ。 再来週の釣りの準備をしよう。

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2011年6月30日 (木)

東北の梅雨のこと

先週1週間は東北の釣り旅。月曜から水曜まで様々な釣友と楽しい釣行をし、木曜日には陸前高田のkurooさんを訪問。ただし木曜以降は梅雨前線が北上し、東北に停滞したので、とても釣りになる状況ではなかった。それでもせっかくだからといくつかの川の様子を伺いに行ったが、水の力というのは凄いものだと痛感した。

Imgp3037普段はそれほどの増水のない川も、濁りこそ少ないものの、いつもの倍以上の水量になっていた。当然釣りはハナから諦めていたが、こういう時は岩魚も岩の下に隠れてじっとしているのだろうと思いを馳せる。

Imgp3050_2山形から二井宿峠を越えて七ヶ宿に入ると雨は降っていないが、山頂付近には雨雲が掛かっており、白石川も大増水。写真は滑津大滝。コーヒー牛乳色の流れが滝を落ちて行く、その音と迫力は圧巻。わずか数mの滝でこうである。以前に雨天時の秋保大滝を観に行ったことがあるが、100m以上離れたところでもずぶ濡れになるくらいの水しぶきだったのを思い出す。

山形に戻り、置賜地方から白鷹経由で朝日町へ向かった。最上川の流れを見るためだ。

Imgp0961大雨を集めて凄し最上川・・・中洲が水没し、中洲に生えている樹木が必死に耐えている。津波も恐ろしいが、河川の氾濫も同様に恐ろしい。水の力、自然の力は人間が容易に抵抗できるものではないことを感じる。

それでも人々は毎日の営みを続ける。都会では知りえない、自然との共生を何千年ものあいだ続けてきた地域だからこそ、風雨に対してコンクリートの壁ではなく、竹のようにしなりながら暮らすのが日本人の本来の姿なのだと思う。

Imgp3064朝日町にある椹平(クヌギダイラ)の棚田。この雨の中でも田植え後の作業を続けている農家の方がいた。椹平は棚田百選のひとつ。段々の傾斜はそれほどでもないが何しろ広い。これだけの面積を開拓しても水害にならないのは、水田が水を蓄え、自然に調和しているからだろう。

荒れ狂う最上川のそばで、こんな風景もあることに、なんだか心が和らぐ。

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2011年6月29日 (水)

山里の記憶つれづれのこと

先週の山形釣行の後半で陸前高田で面影画を描くボランティアをやっているkurooさんを訪ねた。 -山里の記憶つれづれ-

kurooさんは旧瀬音の森の代表。6月から3ヶ月間、被災地の陸前高田の避難所で面影画を描いて被災者にプレゼントしている。

国道107号線を走り大船渡に出ると、眼前にあるはずの大船渡の街が消えている。大船渡は山が海岸に迫っている狭い地形だが、標高20m未満の家屋はすべて瓦礫と化していた。頑丈な鉄塔も二段三段に折れ曲がり、津波の脅威が三ヶ月以上たった今もそのまま残っている。

海岸沿いの45号線を南下して陸前高田に向かうと、途中は普通のローカルな国道。まもなく陸前高田の街に近づいたと思ったら、路肩にたくさんの他県ナンバー、殆どがボランティアの車。

国道が標高を下げると目の前に恐ろしい光景が現れた。大船渡よりももっとひどい。大船渡には世界一の防波堤があった、それでも街が消えた。それほどの驚異的な津波の力だから、陸前高田の街(街というより町というくらい広い範囲)が瓦礫の荒野と化していた。写真を撮る気にもならない。核爆弾でも落ちたかのような風景。声が出なかった。

道路は地盤沈下した為にところどころ水没している。そこを自衛隊の車、警察の車、一般の車が船のように水をかき分けて走る。残った住宅地に登る道はすべて閉鎖されている。大回りして高台から迂回して光寿園という老人ホームを目指すが、場所がわからない。

狭い道の脇の民家で土地の人に訊ねると、笑顔で道を教えてくれた。被災したのに親切な対応、東北や田舎特有の温かい対応に感動するも、ちょっと方言で分かりにくい。それでも親切な説明のおかげで迷うことなく到着した。

Imgp0953老人ホームの玄関脇に小菅村のテントがある。山里の記憶のポスターが貼ってあって、面影画の大きな看板が出ている。午前中に取材を済ませたkurooさんがテントの中で絵を描いていた。

Imgp0951これからが蒸暑くなる時期なのか、カメムシも出てきていたが、野人だから心配はないと思う。PLAさんに頂いたさくらんぼと、途中で入手したビール・燃料・氷などを差し入れする。

kurooさんは毎日、午前中に被災者の話を聞き、亡くなった方の面影を絵にして夕方には仕上げる。取材過程に2時間、文章に1時間、絵には3時間ほどかかるらしい。東北とは言っても暑い日もあるので、テントの作業は苦労が多い。

Imgp0950毎晩このテントで寝泊まりして、被災者の方々の心の支えになりながら、3ヶ月を過ごすというのは容易にできることではない。kurooさんらしいといえばそれまでだが、とうていマネなどできない行動だ。いつもながらに感心する。

あまりお邪魔しても悪いので、小一時間でお別れした。東北も梅雨に入って、過ごしにくい時期になったが、ブログで元気を確認させていただいている。

kurooさん、体には気をつけてくださいね。

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2011年3月22日 (火)

ジャッキーステーキのこと

Imgp2005 先月沖縄から石垣島へ家族旅行に行ってきた。那覇前泊だったので、子供達(といっても社会人と大学4年生)を連れてなつかしのジャッキー・ステーキハウスへ行った。 金曜日の夜で大変賑わっていたが、昔はそれほどでもなかったかな。 場所が変わったように思った。

Imgp2015 お勧めのテンダーロインステーキを食べた。 沖縄ではどのお宅にもあるというこのNo.1ソースが逸品。 大味なステーキをさらにアメリカンにしてくれる。高級ステーキが好きな方はほかの店へ・・・。

Imgp2016 それでも昔(25年位前)に比べるとずいぶん高くなった。記憶ではランチステーキ定食が500円くらいだったのだが、メニューを見てちょっとびっくり。 それでも今のプライスとしてはバリューがある。味も健在だ。

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2010年7月19日 (月)

大渋滞のこと

Imgp8702 家族を連れて伊勢に行ってきた。 2泊3日でお伊勢参りというわけだが、いやはや参った。

東京を出発したのが7時。 東名にはいって間もなく渋滞。 渋滞はそのまま大井松田まで続き、御殿場の手前の鮎沢で11時半。仕方なくPAでランチをし、そこからは何とか流れていたので3時には着くかと思いきや・・・途中さらに20kmクラスの渋滞に巻き込まれ、さらに四日市でまたまた渋滞。 結局450kmの高速道に要した時間は10時間。 平均速度は休憩を差し引くと40km/h以下だった。

Imgp8908 翌日はお伊勢参りを早い時間に終えて、午後からは鳥羽水族館そして伊勢志摩パールロードを巡った。 ホテルに戻るとポーターの兄さんが、お客さん早めに神宮に行かれてよかったですね。 今日はぜんぜん車が動かなかったようですよ。 といわれた。 確かに渋滞を避けて走っていたが、交差する幹線道路は駐車場のように止まっていた気がする。

そして今日、帰り道は朝9時に出発し、玉城ICへ抜けるルートで伊勢道へ入った。 途中岡崎で8kmほど、後は横浜ICを頭に20kmで済んだので、帰りに要した時間は7時間ほどだった。

休日の高速渋滞を見ていて気づいたことがある。 普段なら交通集中で渋滞が起こるのだが、休日は上り坂で渋滞が発生する。 時速60km/hまで落ちても速度が落ちたと認識しないドライバーもいて、後続車が右往左往する、それがほぼすべての渋滞のきっかけなのである。 そこで接触事故が起こる。 そうするとそれを見物する渋滞がさらに発生する。 

見物渋滞が加わると、渋滞の長さは急激に伸びる。 スピードが悪いという発想では改善など見込めない。 もう少し民度を上げないと駄目だと感じた。 速度低下が事故まで引き起こすということは、上り坂の速度低下を取り締まるべきなのだが、世の中がひっくり返ってもそうならない気がして、むしろ情けなくなる。

中国人のモータリゼイションを馬鹿にする口調のメディアもあるが、日本人も大差は無いことを認識する必要があるだろう。

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2009年2月26日 (木)

姫路城のこと

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仕事で神戸に行った折に時間が空いたので姫路まで足を伸ばしてきました。 写真は世界遺産の姫路城。 残念ながら到着が16時ころだったのですでに閉館時間、中に入ることはできませんでした。 それでもお城の周りを少しだけ散歩。 さすがに外人客も多く、写真を撮ってくれと頼まれたりしました。 もちろん現在の姫路城は20世紀に修復をしたものですが、工法は昔のやり方をほぼ再現したようです。 守るべき文化財であることはその姿を見ただけで賛同できますね。

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こちらはお堀です。 静かな水面に映る空の色がなんともいえない雰囲気でした。 サギ城といわれるだけあって白鷺(コサギ)が泳いでいましたが、写真では左端にぽつんと小さく写っているのがそうです。

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2009年2月17日 (火)

絹の波のこと

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週末に日立十王町に里山の整備に行きました。 その折、夕方まで防波堤での釣りを楽しみました。 残念ながらお目当てのメバルどころか、ハゼも釣れませんでしたが、春の嵐の影響で大きくうねる綺麗な白波を堪能できました。

波が強すぎても弱すぎてもこんな風にはならないのではないかと思います。 そして海底が砂地だからこそ見られるこの反物のような波にしばらく釣りをすることも忘れて見とれていました。

@川尻港

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2009年1月 6日 (火)

爪木崎は春のこと

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年末に伊豆下田の爪木崎を訪れました。 風は強いものの、南伊豆は冬知らずなのかもしれません。 海の色もまるで日本でないかのようです。 

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波は2mといったところでしょうか。 少しだけ海面に顔を出した岩礁は、波が来るたびに白泡に隠れてしまいます。 伊豆半島は黒潮がぶつかる海流の速い水域です。 一昨年に伊東の海岸で不慮の事故に会い他界した猫さん夫妻を思い出さずには居られませんでした。

Tumeki3

一方、陸では水仙が咲き乱れています。 野水仙といわれていますが、どう見ても観光用に栽培されているとしか見えない気がします。 それでもこの冬にこれだけの花を咲かせてくれるのはなかなかの感動があります。 

春がもうここにはあるような気がしました。

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2008年10月12日 (日)

八ヶ岳のこと

3連休で日月と好天に恵まれるという天気予報を聞いて、これは出かけるしかないと考えたのですが、渋滞はいやなのでETC割引を使って日の出を撮影しに行こうと考えました。

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3時過ぎに出発し八王子ICを4時前に通過・・・これで早朝夜間割引だと喜んで、当初考えていた河口湖の紅葉台をやめて八ヶ岳の野辺山に行き先を変更。 須玉ICまで1,700円は安い!(調布~八王子は300円)。 夜明け前の5時半には野辺山の高原野菜畑の真ん中に陣取り日の出を待ちました。

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瑞牆山、金峰山の方向からのご来光・・・気持ちがいいものです。 もっとも気温は2度。 ジャケット1枚ではずっと外にいるのはしんどいです。 朝日を背に振り返ると八ヶ岳は残念ながら手前の雲に覆われていました。 太陽の光が差すとともに、野鳥がいっせいにさえずり始め、あたりはソプラノの合唱で溢れます。 その声は徐々に凍った空気を溶かし、凍てついた地面が解けてせせらぎになって流れ始めるような錯覚を覚えました。

Nobeyama_sunrise0810c

待つこと30分ほどで雲が切れてきて、八ヶ岳の主峰赤岳から横岳への稜線が現れてきました。 赤岳頂上小屋もはっきりと見えて、おそらくその窓から登山客がご来光を眺めているのだろうと想像できます。

Nobeyama_sunrise0810d

手前の野辺山原の木々はすでに紅葉を始めていて、カラマツのオレンジとハウチワカエデの赤がきれいに彩っていました。 その後川上村へ移動し、金峰渓谷から大弛峠と思ったのですが、通行止の看板であきらめ、清里経由で帰途に付きました。

Nobeyama_sunrise0810e

5枚目は川上村からの八ヶ岳の眺めです。 いまさら高山に挑戦しようとは思いませんが、こうして山を眺めて、その麓で夜明けとともに働く人々の営みを見ていると、悠久の時の流れのなかで人間として生きるというのは本当はこういうことなんじゃないかって思えてなりませんでした。 とはいえ都会の中で働き生活する僕らには容易には飛び込んでいけない世界でもあります。 こうしてここまでやってきて体で感じることが、自分を生身の人間として再認識するいい時間になっていると思うくらいかな・・・

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