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2021年9月 5日 (日)

'21年山形釣行~秋~

9月3日~4日、今年2回目の山形釣行に出かけた。いつもと違うのは車ではなく新幹線で向かったこと。確かに車で往復すると便利だが、一方で高速料金の高さには辟易する。山形片道で1万円弱、かつ昨今のガソリン高値でハイブリッド車でも釣り場までのガス代は4,000円。それに対して新幹線は早割を使うと5600円ほどで済む。このコスパには勝てない。

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山形新幹線は福島までは時速270㎞/hで走行するが、福島でやまびこを切り離してからはほぼ在来線速度で走る。その為福島米沢間が特に時間がかかるが、渓谷を時折覗いたり、山の緑を眺めたりして走るのでむしろ楽しい。山形駅までおよそ3時間の旅である。

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山形駅の駅レンタカーで車を借りる。これも大人の休日倶楽部割引を使ったが借りたのが安いSクラスなのになぜか日産ノートの4WD。旧型だが、2日間の燃費は22㎞/hとハイブリット並みだった。午後になったがホームリバーの下流に入る。水量はやや多め。入渓して間もなくこれまでほとんど反応したことがないポイントに一応毛鉤を落としたら「パクッ」と20㎝程の岩魚が食いついた。予定していなかったのでタモを手繰っているうちに足元でバラしてしまった。

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ア~~~ッ、やっちまったと後悔するがその後数百mはまるで反応なし。そして大岩のあるポイント(ここは必ずいる)に毛鉤を落とすと、今度は予定通りさらに少し大きめの岩魚が掛かった。しかし大岩の外を巻いて寄せるうちにまた逃げられてしまった。どうも食いが浅い。結局岩魚の写真は撮れず、2時間ほどの釣りで無念の脱渓となった。

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翌日は朝7時にPLAさんと待ち合わせてホームリバーへ向かう。国道から釣り場への道へ入ると急に雨が強くなった。釣り場についた頃にはかなりの雨になっていた。本流は上の写真とさらに上の同じ場所の写真を比べても、前日の5割増しくらいだったろうか。ただ私たちは沢の方がいいだろうと沢に入っていった。

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雨が少し小ぶりになったのを見計らって入渓する。PLAさんが竿を出すも濁りが入ってきて魚の反応も皆無。この時点でこの沢の平水の倍くらいありそうな状況。

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私も毛鉤を投じてみるが徐々に水量が増えてくる。「こりゃだめだ」と二人で脱渓を決め、少しだけ藪をこいて林道に上がった。沢の水位は釣り始めから15分ほどで数㎝は上昇したような気がする。「まあこういう日もありますね」と素直に竿を畳んだ。また来年来いと山が言っているようだった。

2021年9月3日~9月4日

 

1997年8月 8日 (金)

知床のオショロコマ

知床の渓流は本州の渓流に似ている。比較的傾斜の緩やかな河川が北海道には多いが、知床の渓流は落差も激しく流程も短い。ただ水量はそれなりにあるので、地図上の川の規模から連想するよりは水量は豊かである。そして忘れてはならないのが、知床は北海道のなかでも指折りの羆の生息地だと言うことだ。

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家族を宿にデポして、夕食までの1時間あまりを羅臼川で過ごすことにした。小雨日和で活性は高そう。宿から10分ほど下ると湯元橋、ライダーズハウスがあり夏の北海道のツアラーで賑わう。ただ、この日の気温は15度、彼らにはちと厳しいかもしれない。湯元橋のライダーズハウスの脇から川に降りる。橋の下にザックを見つけた。はて、先行者か?よく見るとボンベやコッヘルもある。野宿ライダーの荷物だった。おそらく熊の湯の露天風呂にでも行っているのだろう。

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羅臼川の魚種はほとんどオショロコマ。たまに羅臼の町中でヤマメが釣れることもあるらしい。知床の他の河川に比べて堰堤が多いので天然の遡上はないだろう。ただ出水時に落ちてくるのは居るはずだ。私が釣ったのは堰堤の間、放流していなければ釣れそうも無い区間だが、オショロコマは驚異的に濃かった。1投目から毛鉤にアタックしてきた。そして毛鉤にアクションを加えると、信じられないほどのアタックが繰り返される。一流しで複数尾のアタックも珍しくない。こんなに魚影の濃い川は初めてだ。

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羅臼川のオショロコマの体側にある朱斑はアマゴの朱斑よりも更に見事だ。写真ではそれが出てくれないので残念なのだが、実物は白石勝彦氏の『イワナの顔』に出ている羅臼川のオショロコマの写真そのものだ。また腹部のオレンジ色も美しく、沢の岩魚のオレンジの鮮やかさより更に美しい。釣るたびに見とれてしまう。

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こんな美しいオショロコマを地元の釣り人は「川のゴミ」とさえ呼んで対象魚にしないと聞いた。確かにサイズは20cm止まり。魚影は濃すぎて、今回の釣行でも1時間余りで50尾以上を掛けてしまった。これだけ釣れると面白くないのかもしれない。しかし本州の釣り人である私にとっては楽しくてたまらない。 そして河原の石ころのようにきれいなオショロコマがは次から次へと釣れてくる。

 

翌朝、熊の湯の駐車場で仮眠を取っていたひろしさんと待ち合わせ知床の渓を案内してもらう。ひろしさんのパジェロはショートで軽快に走る。羅臼の町を出て相泊方面へ10分も走るとサシルイ川の河口。さっそく降りて竿を出した。

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サシルイ川の釣り場は河口からわずか30mのところから始まる。海岸を走る道路の下がすでに釣り場なのだ。カモメが頭上で鳴いている。そう言えば羅臼川もカモメが頭上を鳴きながら飛んでいた。知床の渓流の素晴らしさはそういうところにもある。

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ただしサシルイ川も少し遡行すると羆のテリトリー。不用意に遡ることは危険だ。しかし、大して遡らなくてもオショロコマは遊んでくれる。 ここも羅臼川と同じくらい、オショロコマの魚影の濃い川だった。30分ほど釣って、ひろしさんに相泊まで案内してもらった。海岸にある瀬石(セセキ)温泉、相泊温泉。日本の最東北端はラーメン屋さん。最果ての風景は小雨日和のなかでさらに最果ての雰囲気を見せてくれた。

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知床でのオショロコマ釣りを楽しんだ後、ひろしさんに標津のサーモン博物館を案内してもらった。標津町では町中がサーモンを意識しているようで、標津河畔に造られたこの博物館も、渓流釣り師にとっては魅力的だ。サーモン博物館にはさまざまな渓魚が飼育されている。ただ水槽で飼われていると、ぶつけるのか鼻の頭が白く丸くなって、ひれもボロボロになるようだ。見ていて心苦しい面もあった。しかし、多くの人々にサケマス属の生態を知ってもらい、川のことについて大事に思ってもらうためには必要なこと。

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標津町のサケマスの遡上は8月から10月が最盛期。 私たちが訪れた8月上旬にはまだ遡上が始まっていないらしかったが、お盆すぎにはカラフトマスもシロザケも遡上を開始するらしい。 忠類川、標津川はもちろんの事多くの河川で橋の上から遡上が観察できる。 また標津川の金山の滝付近では、天然のサクラマスの遡上産卵も見る事ができる。北海道に限らず、国内では鮭の釣りは禁止されているが、ここ標津町の忠類川だけは鮭の釣りができる。

標津のサーモン博物館を出て阿寒湖へ向かった。北海道の道路はアベレージ80km/hで走るのが気持ち良い。ただし捕まれば青キップだが、90km/hだと赤キップになるので小心な私には80km/hがベター。阿寒湖の宿にまたまた家族をデポして(悪い親父だ)、ひろしさんと阿寒川を観に行った。入渓ポイントで車を止めて川を観ていると、『阿寒湖漁協ワカサギ部会』と書かれたジムニーに乗って、漁協のおじさんがやってきた。釣り人と思ったらしい。手ぶらのひろしさんとカメラしか持っていない私を見て、いささかがっかりしていた様だが、それから30分ほどいろいろな話を聞かせていただいた。おじさんは阿寒湖漁協の有名人「トクさん」であった。

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阿寒川は濁りの入らない川。湧水が多いためである。また、適宜阿寒湖からの放水があるので、水位も安定している。魚影は濃いとはいえないが、大物が多いらしく、看板にも30cm以下はリリースと記してある。ということは、私がこれまで釣ってきた魚はすべてリリースしなければならない事になる。さすが北海道。

 

トクさんは餌釣りの釣り人が小さい魚も根こそぎ持っていってしまうと嘆いていた。餌釣り派のひろしさんは苦い顔をしていたが、確かに関東でも餌釣りの人にマナーの悪い人が多いと思う。ただそれは比率の問題で、どんな釣り方であれ、良い釣り人と悪い釣り人がいる。釣れないからと言って漁協の人に、釣れない川で入漁料なんか払う必要はないという人もいるらしい。自分の腕は棚に上げて。私などは、下手を自称している位だから釣れなくても仕方が無いと思っているが、それよりも、渓を守り渓魚を育んでくれている漁協の人に対してさえそんな態度を取る人は渓に入って欲しくない。
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その後、支流の清流川近くに行ってみた。阿寒川は豊かな水量をたたえている。そして、河畔には温泉も湧き出しており、ここが温泉地である事を示していた。河畔の源泉は湧き出しで60度は超えているだろう。写真の溜まった湯舟?部分でも50度はあった。 阿寒川は本当に不思議な釣り場である。

いろいろとご案内いただいたひろしさんに心から感謝したい。

1997年8月8日~9日 知床から阿寒

1997年7月25日 (金)

狩川・悪沢釣行 -世附の夏- 

ほぼ2ヶ月ぶりの酒匂川水系の釣り。狩川はなぜか初めての釣行。昨年も酒匂川漁協の佐藤氏(山女魚岩魚の責任者とのこと)に狩川の放流状況を電話で確認したのに、狩川には釣行しなかった。それが今になってようやく初釣行とは・・・。

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狩川は放流もしっかりされており、魚影は濃い。しかし藪の高橋さんのホームページにあるように釣り人が川を汚すので一時は環境保護団体から揶揄されたこともある。浄水場から入渓。これより下流は狩川マス釣り場のテリトリーなので、トラブルを避けるためにも看板のある堰堤より上流で竿を出すべきだ。堰堤上に降りるとすぐに葦の薮コキを強要される。しかしこの葦に渓魚が守られていることも忘れてはならない。しばらくは反応はない。最初の堰堤の下流ではじめて魚影を発見。

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両岸の葦に挟まれた幅1mの流れに毛鉤を打ち込むといきなり出た。引き寄せるとなんと岩魚である。尾鰭の丸いいかにも放流のニッコウイワナ。谷太郎川で放流しているのと同じタイプだ。堰堤を巻くと、そこには凄い葦の群生。葦の薮コキは体中びしょぬれになるので辛いものがある。しかし葦の脇を流れるトロでスーパーハッチとまでは行かないが、盛んなライズを見物できた。

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岩魚もいれば山女魚も居た。最高20cmくらいの高さまでジャンプしている。かれこれ15分ほどそのセミスーパーハッチ?を鑑賞したのち、そっと毛鉤を振り込んだら、なんと蜘蛛の子を散らすように葦の根際に潜り込んでしまった。スレているのだ。葦際がポイントと考え、しつこく葦際を流す。そうしているうちようやくピンシャンの山女魚が毛鉤に反応してくれた。

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しかしあれだけ沢山の渓魚がハッチしていたのに、反応は非常にシビアだった。結局狩川では、毛鉤に反応した魚5尾に対して、掛けたのは岩魚1尾、山女魚1尾のみであった。ただこの山女魚がとてもきれいな山女魚で、しばらくの間見とれてしまった。狩川の状況が果たして良いのかどうかは、今回が初めての釣行なので判らないが、少なくとも世附川よりは数段良い様だ。

ただし今日釣った区間は取水されていて、流れが細いので葦の中から竿を出すなどして、アプローチに細心の注意を払わないと釣果にはならないかもしれない。今度はもっと上流をやってみようとおもいつつ、わずか数百mの釣りののち世附へ向かうことにした。

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世附川の浅瀬のPには車が10台くらいしかない。こんなに少ないのは久しぶりである。これなら朝マズメから世附にくれば良かったかもしれないが、狩川でそこそこいい思いをしたのでよしとしたい。浅瀬の親父さんに挨拶をして悪沢をめざす。

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悪沢は芦沢橋の上流で本流に注ぎ込む沢である。今までそこそこ釣れているが、最近はあまり良いはなしを聞かない。大又沢の出合で水量を確認する。まずまずの水況である。

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浅瀬から約30分の歩きで芦沢橋に着く。横浜の向陽学園という学校の生徒達が芦沢橋の下で野営している。水泳着を着ている。悪沢の出合に堰堤ができたと朝霧が好きさんから聞いていた。果たして、そこにはデーンと堰堤が建設中であった。しかし鉄柱からみて大岩のみを止めるための堰堤のようだ。

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悪沢は本流に比べて水温が低く、その為に結構本流から差す山女魚が多かった。しかしもうこの堰堤でそれも期待できなくなった。悪沢のF1を過ぎると、毛鉤に対する反応は俄然良くなった。やはり夏の暑い陽射しの中ではこんな沢が山女魚にとっても棲みやすいのだろう。

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悪沢の山女魚は居着きの半ネイティブのようだ。体側と鰭に赤い筋がくっきりと見て取れる。しかしながら、ここの山女魚は速い。提灯のタタキでは3打数0安打。テンカラで7打数2安打と、非常に厳しい釣果となった。

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悪沢を降りて、世附林道に上がると、道路の路肩が崩壊していた。今月の台風によるものだろうか。今年は台風の当たり年になりそうだから、水況は禁漁まで良いだろう。しかし、世附の下流は渋い。釣れる気がしないのである。世附で釣るなら上流の沢に入らなければ、釣果は期待できないかもしれない。

1997年7月25日 狩川~世附川悪沢

1997年7月 5日 (土)

奈川OLM 1997

今年も奈川OLMへ行ってきた。会社の得さん同行。去年と違ってかなり釣りモードのOLMになった。

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TANIさんに聞いたポイントをまわり、岩魚をいくつか掛けることできた。得さんは広い流れで大イワナを掛けたもののあまりのパワーに糸を切られてしまい残念そうだった。40cmオーバーだったらしい。

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奈川の岩魚は西方系のニッコウイワナ。朱斑がきれい。魚影は濃く、広い流れのあちこちで反応があった。さすがに川幅が30mにもなる場所がある流域なので居着きのイワナの様に腹部にオレンジはなかった。気分よく釣ってからOLMの集合場所に向かう。

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今回の参加者は幹事のTANIさん、雨坊さん、眞田さん、山男魚さん、風来仙人さん、モロさん、RYONさん、菅沼さん、それに得さんと私。皆結構虎モード(釣りをするモード)だったが、少し酒が入ってからは大いに会話が弾んだ。眞田さんは浜松からウナギを持ってきてくれ、それがとても美味かった。

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そのうち虎モードだったRYONさんがテンカラ竿を持ったまま土手で昼寝を始めた。その横では山男魚さんもいい気分で、まるで死体のように倒れていたが、風来仙人さんは黙々とフライをキャスティング。ワイワイガヤガヤのOLMとは一味違った面白さだった。

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さすがにパワフルなのは眞田さん。倒れることなくいろいろとやっている。信州はいいところ、仲間もすばらしい。皆さんいろいろとありがとうございました。

1997年7月5日 長野県奈川村

 

1997年6月14日 (土)

天竜宮ケ瀬OLM

天竜宮ケ瀬OLM -猛者たち集まる-

長野の猛者が集まる天竜宮ケ瀬OLMに参加した。多くのメンバーが集い、テンカラ師あり、アユ師ありでにぎやかだった。とんでもない目にあった3人のうち、眞田さん、Sionさんに再会できたことが喜び。

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今回は小学3年生になる息子を連れて行った(追記・・・とはいえ2021年現在は同じ年令の子供がいるオヤジ・・・早いものだ)。河原のテトラで飛び回っている。まあ落ちてもいいだろう・・・あたりでは山男魚さんたちもアユ釣りの最中だし、拾ってくれるだろうと・・・親なら心配すべきか?。

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Sionさんは新婚、ホトケさん+キーちゃんも新婚、眞田さんのところはちょっと年月が・・・それに加えて、RYONさん、KMXさん(吉川さん)、遠兄さん、らるすけさんなど豪華メンバーだった。そしてなんと清石さんが車を飛ばして三鷹から飛び入り。年令を忘れたように往復5時間をこなすのは驚くばかり。

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息子はらるすけさんの愛犬と意気投合し、ずっと一緒に走り回っていた。途中からちょっとヤバい関係になったのはご愛嬌。そのうち山男魚さんたちが釣ってきたアユを見つけて、「シメる」楽しみを味わっていた。

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時間の関係で、TANIさんや松井さん、BENさん、BAJAさんが来る前に帰宅してしまったのが心残りだったが、楽しい時間を過ごせたことを皆さんに感謝したい。

1997年6月14日  天竜川宮ケ瀬OLMにて

1997年6月 2日 (月)

西丹沢の沢:三坊主川再び

丹沢中川川のとある沢に出かけた。無論未釣の沢である。山女魚がいるかどうかはわからないが、探釣して存在を確認するとうれしくなる。それが楽しみで行くようなものだ。

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車止めから入渓する。さすが西丹沢、すぐ下流にはもう何人か入渓している。平日だと言うのに、皆さん頑張っているな・・・という自分もそうじゃないか(^^ゞ。

沢の入口である。まずまずの藪沢。でもこれくらいならテンカラは振れる。藪の高橋さんはこれくらいだと開けているという。水量はかなり少ない。しばらくは魚影もない。

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少し遡った所に大岩があった。20㎝くらいの山女魚が定位している。「いたいた(^^)。よくいてくれたねぇ。」悟られない様に石化けしてそっとアプローチする。流下する餌を食んでいるのが見える。活性は高いようだ。

山女魚の定位している60cmほど上流に、エルクヘアカディスの17番をそっと着水させた。来るか?心臓が高鳴る。 き、来た!

合わせのタイミングも完璧だ!・・・と思ったにもかかわらず、手元に反応はない? 痛恨の合わせ切れである。情けなくなった。あーあ、毛鉤付きの山女魚を造ってしまった、と後悔する。しかし針はバーブレスだから多分はずれるはずだ。そうなって欲しい。

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しばらく遡るが堰堤の連続で反応はない。仕方なく記念写真を撮っておしまい。数十mおきの堰堤に嫌気が差してきたので、三坊主川に転戦。

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次に先日行ったT沢に行った。水量は前回の6割程度とと少ない。沢の藪化が進んでいる。いいぞいいぞ。藪が増えると山女魚が生き残る確率は高まる。何尾か遊んでくれたが、針掛かりはなし。でも、山女魚は残っている。彼らが大きくなって、この沢で産卵して増えてくれることを望むばかりである。

堰堤の下、各プールに15㎝くらいの山女魚がいたが、毛鉤への反応は1回のみ。すごいスレっぷり。

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滝までで見つけた山女魚は4尾、どれも掛からず。というよりは、忍び寄って岩陰から顔を出しただけで白泡の下に逃げ込むパターン。俺の顔ってそんなに怖い?と思った。

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雨が少ないせいか水量がかなり減っているのをこの2枚の滝の写真を見ると良くわかる。上の私が写りこんだ方が今月(6月)、下の滝幅が広い方が4月の水況である。そしてこの沢は、梅雨が終わる頃には提灯の沢になってしまうのである。

1997年6月2日  西丹沢 S沢、T沢

1997年5月29日 (木)

そうめにすと倶楽部初訪問

東北は憧れの渓流天国、東北や北海道の渓流に対する渓流師の概念は、首都圏の渓流師がもつものとはかなり異なるように思う。魚対人間の比率が根本的に違うのである。その違いはあまりに大きい。ただし東北も有名河川は釣り人が多くて魚影も薄いらしい。薄いといっても、丹沢あたりの基準で言えば、メチャンコ濃いというレベルなのだが・・・・・・。

瀬音会議室の山形の仲間はアクティブ極まりない。彼らの名を人はそうめにすと倶楽部と呼ぶ。

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5月28日~29日に件の同行者得さん、朝霧が好きさんとともに一路山形へ向かった。東北自動車道の村田JCTから山形自動車道へ入る。懐かしい白石川、名取川水系を見て走る。2年前に白石川の支流の横川、澄川と名取川の支流北川で釣りをした。釣果もなかなか満足行く釣りであった。しかしそれらの川は伊藤稔氏がTV等でさんざん紹介しておられ、今は相当なメジャー河川となっている。北川の名乗沢出合下流の古関の大堰堤上にタラノメの宝庫がある。しかし、笹谷峠にスキー場が出来てから、出砂が多い様だ。それでもスーパーヤマメはいるに違いない。

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笹谷トンネルを越えると山形県である。山形県はほぼ全域最上川の流域である。「五月雨をあつめて速し最上川」と詠われた最上川では多分石斑魚と思われるライズが見て取れた。

まもなく寒河江の郁楓庵に到着。各所でメンバーと合流しK川へ行く。K川は地元でも穴場らしく、さんざん釣りまわったのに誰一人として釣り人に会わない。それらしき車も止っていないのである。しかし、平日の山形で釣りをする渓流師が果たしてどれだけいるのかは?である。

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里川だが、本格渓流の様相も少しある。しかし、基本的には里川の方が魚影が濃いのが常である。いかにも渓相素晴らしく、岩魚山女魚がいますよという川は意外に魚影が薄い。川相からしてK川は釣れそうな感じがした。

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果たして餌釣りの得さんは50尾超という爆釣モードに入ってしまう。しかし、この日は水温が9度とこの時期の山形の里川からすると低い。魚の付き場はほとんど白泡の下。テンカラではほとんど勝負にならない。それでも都筑師匠は何尾か掛けていた。全くもって地元の名人はすごいものだ。こっちは見事にボーズである(^_^;)。しかし、天候気候によって釣果がこれほど違ってくるから釣りというものは不思議なものだ。

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K川の水量は普段の2~3割り増しだと都筑師匠は言う。丹沢の極端に水量の少ない渓で遊んでいる私は、撥水ズボンにウェーディングソックスという渇水時のいでたちであったが、後悔する羽目になった。東北の渓流は意外と流れの押しが強く、ついついパンツまで濡らしてしまうのだ。これには参った。水温も低いので冷たい思いをしてしまった(^^ゞ。K川を午前中に脱渓し、地元の名物蕎麦「原口そば」を食べる。パソコン通信で気の知れたそうめんの仲間だから話も弾む。初めて会う人なのに旧知の友のように打ち解けて話が出来るのはネットワークの人間関係がもたらす素晴らしさである。

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午後はそうめんのメンバー「秀」さんの取っておきの渓に向かう。ここは自然の種沢となっているのか、魚影の濃さは凄い事凄い事。ただし凄い薮である。その後場所を少しだけ移動して、AS川の上流へ向かう。道が沢を渡ったところで車を止め、ここから伝説が始まった。

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しばらくして落ち込みで岩魚の魚影。2尾は確認。多分もっと入っている。振り込むが出ない。そうこうしているうちにPLAさんがライズを発見。
「あっ、ライズだ!」
「えっ?どこ?」
「ここ!」
そういうとPLAさんはその位置にすっと振り込んだ。間を入れず岩魚が出る。

この展開を都筑師匠は予言していた。おそるべし。「秀」さんとともに予言の的中を爆笑していた(^^)。私はぐうの音も出なかった(-_-;)。

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この日は午後3時くらいまでそうめんのメンバーと楽しい釣りをする事が出来た。この場を借りて改めて感謝したいと思う。皆さんありがとうございましたm(__)m。


<翌日 5月29日>

PLAさんの郁楓庵にて一夜の宿をお借りして、翌朝は最上白川源流へと向かった。最上白川も実は伊藤稔さんで有名である。この辺を逸脱できないのが、都会の釣り人の情けなさかもしれない。しかし、さすがに平日、釣り人には会わなかった。丹沢あたりでは考えられない事。それもこれだけ広大な水系を走り回ってのことだから感心してしまう。

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西ノ又沢は今年から3年間禁漁となっている。こういう禁漁の措置の是非はわからない。禁漁が解けた年にどっと人が押し寄せ釣りきってしまう事もあると聞く。禁漁にするならここぞ種沢といえるところを永遠に禁漁にした方が管理もしやすい様に思うのは素人考えだろうか。

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根ノ崎沢出合のスペースに車を止め入渓。山菜取りの地元の軽トラックが2台並んで止っているのでその脇に止めさせてもらう。さっそく根ノ崎沢出合で得さんと朝霧が好きさんが仕掛けを準備して釣りはじめる。得さんは本流?へ、私と朝霧さんは根ノ崎沢へ。水温は5度。所々にまだ雪渓がのこる。やはり毛鉤には出ない。悔しいが時機尚早かもしれない。

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根ノ崎沢を諦め、朝霧さんと僕は得さんのところに向かう。彼はまだ出合近くの堰堤下で釣っている。岩魚を2尾キープして生かしていた。腹の橙色が鮮やかなニッコウ岩魚である。ううう、やっぱり餌釣りの天下か。

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この堰堤下から「まだいる」と言っては、ポンポンと岩魚を釣り上げていた。テンカラ組はそれを見て、やっぱりこの時期は餌釣りに軍配が上がる事を認めざるを得なかった。冬路沢と夏路沢の出合から今度は朝霧さんが夏路沢、私と得さんが冬路沢へと入った。ポイント毎にほぼ岩魚は入っているが、やっぱり毛鉤には出ない。

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そんな中で今回の釣行で爆釣の炎を吐きつづけた得さんはやっぱりここでも連釣していた。私はもう意地になって、馬鹿の一つ覚えのように毛鉤に固執していた。それでも岩魚が水面を割って出ることはなかった。

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今回は完全に餌釣りの天下だった。それでも豊穣な山形の渓流にすっかり魅せられてしまった事も事実。林道の遥か奥にそびえる神室岳の残雪が素晴らしい脱渓点で記念撮影をした。

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そうめんのメンバーがとてもうらやましくなった。なぜなら、こんな素晴らしい渓流に、それも数え切れないほどの渓流に囲まれて暮らしているのだから。都会の渓流師である私たちにすれば、桃源郷に住む人々とさえ思えてしまう。今回は残念ながらボーズに終わってしまったが、テンカラ盛期に再び訪れて復讐戦といきたいところだ。

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そうめにすとの面々と会えたことが今回の釣行の最大の釣果?だった。すばらしい環境こそがすばらしい技とすばらしい釣師を育む。関東でどちらかというとセコい釣りをしている私だが、山形には通う羽目になるだろうと強く感じた。 (謝謝)

1997年5月28~29日 

1997年5月14日 (水)

西米良村のとある沢

この渓は■瀬  音■でカワセミさんに教えていただいた。西米良村と椎葉村は九州でも僕の憧れの地である。開発され尽くした感のある九州でもこんな所があったのだと思わせてくれる。植林率は比較的低い。渓相は昨年の鹿川のほうがきれいだが、いかにも自然河川という雰囲気がある。カワセミさんとJUNさんにはあらためて感謝したい。

西米良村釣行記

月曜の夜は22時に仕事を終え、取り寄せておいたレンタカーで、得さんと西米良に向かった。一ツ瀬ダムに着いてダムの水量をみるとマイナス20m。あとでJUNさんに電話した時に聞いて初めてあのダムはなかなか満水にならない事を知ったのだが、真っ暗な真夜中のダムのほとりでこれは水況まずいかな?と不安がよぎった。

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昼間。時間が空いた時、宮崎港の近くの釣具店で山の水況を聞いた。最近ほとんど雨という雨が降っていないという話だった。ダムの水況をみて入渓する川を決めようと考えていたので、S沢に決めY橋を目指して走り着いたとばかり夜の林道に突入した。

ところが道を間違えた。最奥の民家の脇を抜けていくと、道はどんどん川から離れ高度を増していき、川の音も聞こえなくなった。採伐場だ、Uターン。上る時は気合いが入っているからあっという間なのだが、引き返す時の時間のスピードはとても遅く感じる。ようやく国道に戻りY橋の手前の舗装路を入っていくと、タヌキに遭遇。慌てて藪に入って行く途中にずっこけた姿が愛嬌たっぷりだった。S沢最初の橋で車を停め、夜明けまで一眠りすることにした。4時にアラームを合わせ仮眠 zzzzzz。

朝4時、アラームに目覚めたが何と暗いではないか。東京だと4時にはこの季節なら明けてきているのに、西日本は夜明けが遅いんだと気づいてさらに1時間の仮眠をむさぼる。

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S沢に入渓。得さんは出合から釣り、僕は橋から少し上がった所から釣り始めた。得さんは出会いでイワシに似た尺上の魚を2尾釣ったという。当然C&Rなので、その魚を僕はみていないのだが、JUNさんの話と同行者の話を合わせるとどうやらハスのよう。しかし、ダムのバックウォーターよりかなり上がった所なので、はたしてそこまでハスが上るのかは、よくわからずじまい。

得さんは餌釣り(ブドウ虫)、僕はテンカラ。今年はとことんテンカラで行く。すぐに得さんが追いついてきた。彼はボサの下にチョウチン仕掛けで餌を落とし、6寸クラスをいくつか上げている。魚影は非常に濃く、水も澄みきっているので魚がよく見える。畳1帖位のポイントに、数尾のヤマメが入っている。

しかし、毛針に反応しない。見に来るのだが、手前でスッと戻る。毛針が大きいのか? 毛針を小さくした。でも反応は変わらない。毛針を茶系統にしてみた。

あっ、くわえた!・・・合わせそこない。
へたくそっ!・・・もう一度打つ。
出た!掛かった! 6寸のきれいなヤマメ(エノハ)だ。

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頭上の林道をジムニーが上っていった。やられたか。誰も入らないと思っていたのに。まあ足跡が出てきたら上がろう。ここでは自分たちはよそ者だ。遡行しているうちに、絶好のポイントを発見。倒木と岩に挟まれたポイントは直径50cmくらいの小さな場所。

へたくそなテンカラで振り込めるのか不安。一投目、入った!見に来た!だが、くわえていない。鼻先で突付いただけ。二投目、また入った。まぐれだ。出た!くわえた!倒木に絡まないようにすばやく寄せた。餌釣りではこの条件は難しい。7寸のヤマメ。

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目がびっくりしたようでかわいい。リリースすると、パニックの極限状態だったのか、対岸まで一直線に走り、川岸にトンと跳ね上がり、岸の上ではねている。やれやれしょうがない奴だ。水に再び戻してやると、深みに消えた。

足跡を見つけたので、沢を変更する。次は銀鏡川(これをシロミと読むのを現地で初めて知った)の支流登内川に行った。民家の切れた所から堰堤まで釣ったが、こちらはボウズ。カンカンの日照りになってアタリも遠のいたので納竿し、12:00~13:00の通行止め解除の時間に合わせて帰途についた。

登内川は明るい川でうわさで言われるような霊がいるなどとは思えない川。S沢は素晴らしい渓流で、魚影は濃いし何より川にゴミが一つも落ちていない事に感心した。今回は大物には出会えなかったが、広葉樹が沢山残り、なおかつ川にゴミのない西米良村だから、谷の奥に大きなヤマメを潜まているのだろう。そして何度か再訪して初めて釣らせてくれるのかなと思った。

1997年5月14日  宮崎県西米良村

1997年4月15日 (火)

南ア早川水系S沢の釣り

釣欲はほどほどに -南アルプス早川水系の沢-

人もうらやむ平日釣行。今回は富士川水系のとある厳しい沢に行ってきた。何が厳しいかって、最初の入渓地点まで、標高差300m近くを急登しなければならないのである。

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朝6:40に目的地の駐車スペースに車を止めて、およそ1時間半、見上げると首が痛くなるような稜線に向かってジグザグの登山道を登る。腕時計の標高は720m。最初の100mまでは一気に登る。 次の100mを越えたあたりでバテて一休み。

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山ツツジが満開で美しい。新緑が淡い緑を主張して、針葉樹の深緑とのコントラストを見せている。はるか下方に本流が見えている。上流の発電所が取水口の清掃をしているため、取水分の水を流しており、大溪流の様相。流せばこんなにあったんだと納得。

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残りの100mの標高差を根性で稼ぐ。同行者得さんが20年前に来たときは存在しなかった取水堰堤に着いたのは8時をまわっていた。しばらく遡行すると、落ち込みを繰り返す山岳渓流の相になる。気温は8度、水温は6度。瀬尻にはほとんど(魚は)出ていない。

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魚は白泡の下か、落ち込みの底近くにいる。餌釣りの得さんが快調に釣る。僕が最初の1尾を掛けるまでにツ抜けていた(^_^;)。

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型は小さい。大きくて7寸程度。地図上の1kmで標高差300mを急登したのだから、もっと大きいのが釣れて欲しい。

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白泡の脇に6寸ほどのアマゴが泳いでいる。少し上流に毛鉤を落とす。見にくる、くわえない。5,6回ほど様子見を繰り返した後、アマゴはようやく毛鉤をくわえた。はっはっはっ、オラの勝ちだぞ (^O^)/。

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でかいのが釣りたい。その為にあの急登をしたのだ。そう思いながらどんどん釣り上がるが、一向に型は小さい。得さんとの会話。
「数は満足したんだけど、型が・・・・」
「こんな沢は通わないと大物は釣れないかもしれないね」
「通う???」
「多分もう来ないかも」
「きっともう来ないね」

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これがそこいらの沢なら大満足するのだが、辛い登りのアルバイトを勘定に入れると、欲が出る。欲が出ると、魚は釣れなくなる。やっぱり、魚は人間の殺気を感じているんでしょうね(^_^;)。釣欲は程々に、山の釣りを楽しむ程度が、一番良いのかな?

1997年4月15日  南アルプス早川水系S沢

1997年4月10日 (木)

西丹沢のとある沢:三坊主川

丹沢はガレ場が多いが、地道に続けられている有志による放流や、漁協の努力もあって、多くの沢でヤマメの姿を見ることが出来る。春先は開けた渓であっても梅雨時になるとボサが生い茂るため、稚魚が生きながらえるチャンスも多いのだろう。以下の文章は当時、NIFTYの瀬音会議室にアップロードしたものの抜粋である。

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<Niftyserveの投稿より>

とある沢に行ってきた。朝霧が好きさんの大好きな沢である。朝7時半に自宅を出てから1時間半、沢の入口に着いた。車は止まっていない。しめしめ。一本下の沢の入口には3台も止まってたから、どうかと思ったが、良かった良かった(^^)。

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そんな調子で沢に入ったのはいいけれど、なんと連続バラシ(;_;)。やっとの事で1尾掛けたが1996年生まれの少年山女魚(15cm)。

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その後滝壷で3.0mのレベルライン付き竿を仕舞い込み、買ったばかりのParmarkの3.5mに5mのテーパーラインをつけて、いざ。。。この竿、調子が僕の好みで、ロングラインも振りやすい。滝壷の白泡の左へ振り込む。狙いどおりに毛鉤が着水する。・・・何も出ない (・・ ?

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何投目だったか、調子に乗って滝壷の白泡の右の反転流だぁーっと、力んで振りかざした瞬間、前方に飛んだはずの毛鉤がない。 ・・・・竿先もない・・・・あーっ、折れてらぁ。無残にも、おろしたての竿は3番手の付け根からポッキリ。振り返るとそこには、3番手から穂先、そして5mのラインが、滝壷とは真反対の方に落ちている。そして先糸の先には3尺の倒木が地面に根を張ったように鎮座していた(;_;)。

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釣欲をなくした僕は、まだ昼にもなっていないのに、帰る事にした。来週の火曜日にも釣りに行く予定なので、仕方なくJ州屋に寄り、
「修理してください」
「すみません、お客様。当方ではParmarkの竿は取り引きがないので修理できないんです。」
「ええっ!? じゃあ、こないだ修理に出したRYOBIの竿はいつ上がります?」
「RYOBIは3週間くらい掛かりますから、20日頃になりますね。」
(;_;)ウルウル(;_;)クスン、クスン(ToT)エーン

じつはJ州屋にはすでに、今年折った竿が2本、パーツ待ちになっていたのだった。

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>朝霧が好きさん
いい沢でした。 3番目の堰堤から上の渓相が素晴らしかったです。

1997年4月10日 T沢

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