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2022年6月22日 (水)

渓流銀座にアタフタ

令和4年6月22日、山形の2日目もPLAさんがお付き合い下さることになった。といっても本来はこの日がメイン。行きつけの良型の出る沢を目指して2時間のドライブ。今回はPLAさんの車で、まるで運転手付きの豪華釣り旅。期待を膨らませて沢の入口に到着するといつもの駐車スペースに1台止まっている。その少し先にももう1台。じゃあ少し上に行ってみようと林道を進むとまた1台あり、計3台。こんなことはいまだかつてなかった沢である。「釣り雑誌に載ったんじゃないの?」と思ったが、近年釣り雑誌は買っていない。もとは載ってしまうとしばらくそこにはいかないようにするために読んでいたが、最近は小さい字を読むのが難しくなった。(単なるジジイである)

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仕方なく他の沢に転戦。この沢は上流は釣ったことがあるが、中流域は未釣である。果たして岩魚は出るのやら出ないのやら、期待半分に林道を進むと、ここにも初っ端から先行者の車が止まっている。「今日は平日だよなあ」と口から文句がこぼれる。土曜でも山形の沢ではそんなには釣り人はいない(有名河川を除く)。やむを得ずある程度上流まで行って釣り始める。それでも以前に釣った所より数km下流で未釣区間である。

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暫く反応がなくこれはダメかと思った頃に、PLAさんが良型を掛けた。これで俄然やる気がわいてくる。しかしその直後に私が5寸ばかりのチビ岩魚を釣ったあとは反応がぴたりと止まった。1時間釣り上がってもまだ反応がない。だんだんとやる気が蒸気のように消えていく。

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こういう時は一息入れるに限る。それを察したのかPLAさんも「お茶にしましょう」と休憩を呼び掛けた。PLAさんはバーナーを持参してくれ、コーヒーを淹れる。インスタントだが渓で飲むと誠に美味しい。しかし、休憩も効果なく、そのあとも暫く反応がない。やむを得ず昼食をとることにした。何となく暗いランチタイムである。

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暫くポツポツとしか釣れなかったが入渓して4時間位した頃からようやく毛鉤に反応し始めた。私はここぞとばかりに釣欲を出して釣り上る。PLAさんは途中から接待モードにシフトチェンジしてしまった。

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フトコロ(深さ)のあるポイントでようやく重さを感じる1尾を掛けた。接待モードのPLAさんに「大きいのが出たら俄然やる気が出るでしょう」なんて言ってみたが、先日テンカラ大王様との釣行もしたからか、PLAさんは余裕しゃくしゃくの接待モードのままである。

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「あれ?PLAさん、釣らないの?」と聞くと、「遠路はるばるの釣り人への接待です」と余裕。おかげさまで随分と最後は楽しませていただきました。

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思い起こしてみると、最初にPLAさんと釣行したのは1997年である。もう25年も経つのか・・・とつくづく思う。お互い髪は白くなり、PLAさんの場合ヒゲも白くなり、渓流歩きもヨタヨタとし始めたが、出来るところまで釣りをしていたいと心から思うのであった。脱渓して車に戻る間、今日の釣行だけでなく、これまでの何度となく訪れた釣り場の一つ一つが忘れられないものになっているのを感じた。

2022年6月22日  山形県飯豊山系H沢

2022年6月21日 (火)

令和4年のホームリバー

今年も山形へ釣行できた。こうして毎年釣り旅ができるのは幸せなことである。長年の釣友PLAさんとの待ち合わせはお昼なので、早朝(といっても6時頃)自宅を出発した。東北自動車道は栃木に入ると雨が落ちてきた。この時期の北上は100㎞も走ると天候が変わるので面白い。案の定福島県に入ると空が明るくなり晴れ間も出てきた。休み休み走り、寒河江に到着したのは正午あたり。PLAさんをピックアップしてホームリバーへ向かう。

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少し下流に入ろうと相談していたが、目的の場所には釣り人の車が止まっていた。少し上流にフライフィッシャーがいる。邪魔しないように中流のいつもの入渓点に向かう。お決まりの駐車スペースは空いていた。早速準備して釣行開始。この場所の流れは多少例年と変わっていた。林道側の水流が無くなっていたのである。

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間もなくPLAさんが良型を掛けた。この川のアベレージサイズである。しかし何故かこれより大きな岩魚はあまり出ない。ただ沢山釣れるときとあまり釣れない時があるものの、裏切られたことは記憶にない川なので今でもホームリバーと呼んでいる。

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私にも少し小さいが近いサイズが出てくれた。とりあえず早い時間にボウズを免れるのは気持ちのいいものである。時には全く釣れずに、最後にようやく少しの釣果ということもある。岩魚の身体の模様は魅力的である。個体個体で微妙に異なるし、川によっても若干違う。

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PLAさんが仕掛けを取り換えている隙間に私が良型を掛けた。「油断すると釣り人爺爺は容赦ないなあ」とPLAさん。それでも阿吽の呼吸でポイントを交互に譲り合いながらの釣りは気持ちがいい。

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この梅雨の時期には東北の渓流ではタニウツギが全盛期である。もう少し早いとツツジや他の花が咲いているのだが、何しろその時期は雪代が出ていて釣りにならない。6月に入ってからが解禁みたいなものである。それでも焦って早めに入渓すると雪代のぬめりに転倒してしまったりしたものである。午後からの釣りであったがとても楽しめた。

PLAさん、ありがとうございました。

2022年6月21日  山形県朝日山系K川

2021年9月 5日 (日)

'21年山形釣行~秋~

9月3日~4日、今年2回目の山形釣行に出かけた。いつもと違うのは車ではなく新幹線で向かったこと。確かに車で往復すると便利だが、一方で高速料金の高さには辟易する。山形片道で1万円弱、かつ昨今のガソリン高値でハイブリッド車でも釣り場までのガス代は4,000円。それに対して新幹線は早割を使うと5600円ほどで済む。このコスパには勝てない。

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山形新幹線は福島までは時速270㎞/hで走行するが、福島でやまびこを切り離してからはほぼ在来線速度で走る。その為福島米沢間が特に時間がかかるが、渓谷を時折覗いたり、山の緑を眺めたりして走るのでむしろ楽しい。山形駅までおよそ3時間の旅である。

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山形駅の駅レンタカーで車を借りる。これも大人の休日倶楽部割引を使ったが借りたのが安いSクラスなのになぜか日産ノートの4WD。旧型だが、2日間の燃費は22㎞/hとハイブリット並みだった。午後になったがホームリバーの下流に入る。水量はやや多め。入渓して間もなくこれまでほとんど反応したことがないポイントに一応毛鉤を落としたら「パクッ」と20㎝程の岩魚が食いついた。予定していなかったのでタモを手繰っているうちに足元でバラしてしまった。

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ア~~~ッ、やっちまったと後悔するがその後数百mはまるで反応なし。そして大岩のあるポイント(ここは必ずいる)に毛鉤を落とすと、今度は予定通りさらに少し大きめの岩魚が掛かった。しかし大岩の外を巻いて寄せるうちにまた逃げられてしまった。どうも食いが浅い。結局岩魚の写真は撮れず、2時間ほどの釣りで無念の脱渓となった。

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翌日は朝7時にPLAさんと待ち合わせてホームリバーへ向かう。国道から釣り場への道へ入ると急に雨が強くなった。釣り場についた頃にはかなりの雨になっていた。本流は上の写真とさらに上の同じ場所の写真を比べても、前日の5割増しくらいだったろうか。ただ私たちは沢の方がいいだろうと沢に入っていった。

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雨が少し小ぶりになったのを見計らって入渓する。PLAさんが竿を出すも濁りが入ってきて魚の反応も皆無。この時点でこの沢の平水の倍くらいありそうな状況。

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私も毛鉤を投じてみるが徐々に水量が増えてくる。「こりゃだめだ」と二人で脱渓を決め、少しだけ藪をこいて林道に上がった。沢の水位は釣り始めから15分ほどで数㎝は上昇したような気がする。「まあこういう日もありますね」と素直に竿を畳んだ。また来年来いと山が言っているようだった。

2021年9月3日~9月4日

 

1998年3月28日 (土)

「秀」さん歓迎OLM@朝日川

山形県は寒河江市の暇人大王?「秀」さんが上京した。といってももともと「秀」さんは川崎の出身。今も実家は川崎にある。そんな「秀」さんが来るというので、瀬音の面々が朝日川に集った。

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朝6時に都留ICに集合したのち、朝日川に向かい各自沢割りして散らばった。私は鵜住居さんと道志口沢に入渓。沢の水は少ないが落差はある小沢。まずは1尾釣るごとに先行を交代しましょうと申し合わせ釣り始めた。

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鵜住居さんがいきなり入渓地点で小さいヤマメを掛けた。期待が沸く。次に私が・・・と毛鉤を落とすが出ない。そのうちふと上流を見ると、誰かが居る。そばに近寄り声を掛けると驚かれてしまった。「この沢で人を見掛けることはないから驚いちまったよ」とその人は言う。聞くと、唯一この沢沿いに家を建てて住んでいる方。しかし釣りはしないという。沢で手を洗っていただけのようだ。そんな話を聞くとこれは良い沢かもしれないと思うのが人情。しかししばらくいっても魚信はなかった。ふと右岸に付いた林道が続いているのを感じ、林道に上がったら随分と奥まで続いているようだった。結局私はボーズの言い訳をしなくてはならない羽目になった。

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広場には山男魚さんと朝霧さんがタイイングの準備を始めていた。釣り好きが集まると、事実、誇張を交えて、話に花が咲く。まして渓の傍での集まりとなれば、じゃあやってみろと釣りを始める輩まで出てしまうのである。

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私が上流にヤマメの溜まっているポイントがあるというと、藪の高橋さんが釣るという。藪の高橋さんは這う様にしてポイントに接近、蜉蝣(カゲロウ)の舞を披露。良型のヤマメが飛び出したが掛からず。2尾目の瀬尻のヤマメも出たがフッキングなし。しかし私はここで、パチンコ釣法に引き続き、藪の高橋さんの必殺技蜉蝣(カゲロウ)の舞を見学することができた(^^)。

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広場の渓相はこんな感じで、目の前で皆さん竿を出していた。左の写真は佐久から駆けつけたRYONさん。右の「秀」さんは悠然とレベルラインテンカラを振っていたが、ヤマメを掛けたそうである。

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よかったよかった(^^)。

OLMの最後は恒例スターらんどで入浴して、大広間でウダウダした。怪しい黄色い着衣を借りてビールを引っ掛ける面々。

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縄文さんは少し酔ってしまったので、覚ましてから帰るとおっしゃる。われわれは先に帰ることにした。

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このあと秀さんは清石さんの店「有宝堂」へ。夜はアヤスイ宴会が開かれたが私は参加できず。アヤスイ関東酔っ払い連合に「秀」さんが加わって、賑やかさは例を見ないほどだったという。

1998年3月28日 山梨県桂川水系朝日川

1998年3月18日 (水)

菅野川・朝日川

桂川解禁のミニOLMからわずか4日後の3月18日に再び都留漁協の管轄、菅野川・朝日川へ釣行した。都留インターを下りた時には既に8時を過ぎていたが、これが平日釣行の強みである。この時間に渓に着き、ゆったりと釣りをする。先行者がいても気にしない。そんな釣りが最近板についてきた。釣果がゆとりに反比例して減っているのは御愛敬。

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玉川地区のスターらんどの前(通称火葬場前)でまず竿を出す。先日解禁ミニOLMがあったポイント。少し上流に遡り自動車学校の下流のトーフ石のポイントで魚影を見つけた。本当に濃い。じっと見ていると、葦際やトーフ石の際に何尾もいる。またトロ場にも泳ぎ回っているやつが居る。

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しかし、餌釣りの得さんには何尾か来たが、毛鉤には1尾も来ない。水温は10度を超えているのになぜだろうか。悩みながら、戸沢川の合流点(写真)まで遡った所で場所を変えることにした。

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菅野川を上流に向かう。菅野地区の手前、都留文化大小学校の下で釣り始める。手ごろな石の点在する、いかにも(魚が)居そうな渓相。しかし、出ない。餌にも出ないと得さん。100mほど遡ったところで先行者発見。入渓した場所でも道路から「釣れますか~?」と声を掛けてきた釣り人が居た。この辺りは釣り人が多い。都留漁協でもこの近辺にはかなり放流しているらしいので、平日にしては混んでいる。

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やはり転戦することにした。朝日川が良いかもしれない。去年もイワナを見たし、山女魚も釣れるだろうから。朝日川の川名は地図によって異なっている。いったいどれが正しいのかはわからない。秋山村へ抜ける雛鶴峠から流れるのが大旅川のはず。しかし道路地図には朝日川とある。地元では大旅川らしい。大旅沢と言う人も居る。どれが正しいのか???

菜畑山に源を発する方の流れを釣り人は朝日川と呼ぶが、道路地図には大旅沢とある。つり人渓流フィールドでは入山谷と書いてある。何がなんだかわからない。ここでは朝日川の本流として朝日川の呼び名にした。

この辺りの流れは細いが落差もあり山女魚が居る。ただし盛期を過ぎると薮がきつくなる。その分、山女魚も残るから藪の好きな私としては好ましいのだが。去年はここで腹がオレンジ色をした居着きの沢イワナを見たのだが、今年は山女魚であった。各ポイントに山女魚が入っている。

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しかし、ここの山女魚は本当にスレている。毛鉤を見切るのが早い。ひと流し目に掛けないと絶対に掛からない。多くの山女魚は数cm手前で反転する。良い集餌点にはかなりの大物も居るが、すぐ後ろに控えている番兵がうるさくて釣れない。番兵からして、スレッカラシなので始末に終えない。ようやく2尾を掛けた。奇麗な山女魚だった。写真がその1尾だが、あっぱれな山女魚達である。

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朝日川は車が入れるため、つり人は多い。ゴミも比較的少ないが、ぜひ渓を奇麗に保ち、いつまでも釣り人の入れる林道であってほしいものである。林道を走り回っていた20年近く前はほとんどの林道で、モラルのために通行止めになることなどなかった。しかし、最近山や渓を汚す人が増えたためか、無茶をする若者が増えたためか、通行止めになる林道が後を絶たない。悲しいことである。

1998年3月18日  山梨県桂川水系菅野川、朝日川

1998年3月15日 (日)

桂川解禁ミニOLM

3月15日は山梨県の渓流の解禁日である。今年は解禁日が週末に当たる所が多い。それだけに釣り人も多いのはやむを得ない。2月16日の信州の解禁こそは月曜日であったが、3月1日の東京・神奈川は日曜日だし、今日15日の甲州の解禁も日曜日にあたる。

私の釣行はほとんどが平日である。仕事柄平日の方が休みが取り易いこともあるが、それだけに日頃慣れた優雅な平日釣行に比べ、賑わう週末の釣行にはいささか気が乗らない。第一行き帰りの高速道路の渋滞が嫌である。

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しかし山男魚さんを中心に瀬音のメンバーが桂川に集まると言うのでぜひ行きたいと思った。仕事の都合もつけた。息子がついてくると言う。仕方がない。解禁だから自分は竿を出さなくともいいか。

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桂川といっても、集合場所は支流菅野川の玉川地区である。瀬音では「霊の場所」と呼んでいる。左岸には火葬場があり、右岸には墓場がある。そして、瀬音のイタコ?と呼ばれる(かどうかは知らない)山男魚さん(上の写真)が老人の幽霊にであったのもここである。しかしここの魚影は非常に濃い。都留漁協の話では成魚放流はしていない、昨年の稚魚放流ものが元気に泳いでいるということ。確かに魚影が凄い割には釣果が皆少ない。

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朝のうちかなり強烈な嵐があったという。私と息子は9時すぎに家を出たので、その雲に出くわしたのは小仏トンネルあたりだったが、上野原までくるともう晴れ間が見えてきた。霊の場所に着くと、さっそく息子が釣りたいという。管理釣り場では何度か釣らせたことがあるが、自然の河川では初めてである。

餌竿は持ってきていないので、テンカラ竿のやや硬調のものに、佐久の千曲川で解禁に使った0.5号通しの仕掛けを取り付けた。餌がない。
「山男魚さ~ん、餌わけてちょうだいな」
と言ってブドウ虫を分けていただく。針の先にバイオちゃんを付けて第1投。風があるので思うように振りこめないようだ。しかし、まもなくアブラッパヤを釣った。本人はなぜ釣れたのか解っていない。そうこうしているうちに2尾目を追加。瀬脇の淀んだポイントにアブラッパヤが居るのはわかったようである。

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結局彼の釣果は3尾。すべてアブラッパヤであったが、釣りの面白さを少しわかってくれたようである。早く渓にいっしょに行けるようになると良いと願うのは親父の勝手な思い。本人は野球の方が好きらしい。そのうち風が更に強くなった。 いくらなんでもこれでは釣りにならないと、一人また一人土手に上がってしまう。

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今回わたるさんとは初めてお会いした。川を上がると山男魚さん、わたるさん、野村さんがコーヒーを沸かして飲んでいた。白瀧さん、鵜住居さん、JICKYさんも居る。そして山男魚さんの娘さん(三女)とその彼氏も・・・・

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菅野川の玉川地区には「スターらんど」という温泉施設がある。平日は1,000円、週末は1,500円取られるが、施設も整備されなかなかの立ち寄り湯である。午後に解散、ちょっときびしい天候だったが、皆さんと会えて楽しかった思いをお土産に帰途に着いた。

1998年3月15日  山梨県桂川支流菅野川

1998年3月 3日 (火)

伊豆大見川(得さん「沈」) 

伊豆の春は早い。3月といえども里川では雪の心配はほとんどない。韮山ではイチゴ狩りの盛期。あちこちに観光客を呼ぶ看板や旗が立っている。伊豆の渓は狩野川をのぞいて小渓が多い。しかしこの中小河川に多くのアマゴやヤマメ、時にイワナが棲息する。伊豆のもう一つの魅力は、温泉が多いこと。格安の民宿も多く、私のような日帰り釣行には関係ないが、今回も民宿で朝飯を取った後ゆったりと渓に出かける初老の釣り人を見掛けた。そんな釣りもありなのが伊豆の渓だと思う。

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修善寺で冷川方面へ向かう。年川、西川、城川と渡る。中伊豆町の役場前(八幡)までは交通量も多い。八幡で国士越への県道へ右折。大見川上流を目指す。まもなく大見川は地蔵堂川、菅引川を分かつ。今日は地蔵堂川に向かうことにした。地蔵堂の集落近く、万城の滝まであと2kmほどの滝川橋で入渓。数十mおきに1m程度の堰堤を繰り返す流れである。釣趣は沸かないが、伊豆だと思うとこれもありかと感じる。

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水温が高い。万三郎岳を水源にする地蔵堂川だけにこれほど水温が高いとは予想しなかった。そして滝川橋の上流には柿島養鱒場がある。 魚も濃いかもしれないと期待する。

養魚場の直下の所為か餌釣りの得さんに連続してニジマスがきた。しかしこのニジマスが妙に太っている。鰓(えら)や鰭(ひれ)はたいしたことないが、胴がやけに太い。北海道の幅広山女魚を思い出させる魚体である。養鱒場から落ちたものか、それとも放流されたものか。ニジマスが本州で自然繁殖しているというのは聞いたことがないから、そのどちらかであろう。しかしボリュームのある魚体であった。

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釣りのほうは30分ほどした所で、同行の得さんが「沈」。水温は高いといっても気温はまだ低いので撤収にした。伊豆の渓流は目くじら立てて釣果を追うより、ゆったりと釣る方が向いている。ふと渓の周りを見回すと、あっちにもこっちにも山葵田(わさびだ)がある。

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以前に国士越の林道を走った折、この水系で多くの山葵田を見た記憶がよみがえった。あのとき走り回ったのはまさにこの大見川の源流の国有林。 あれがこの渓の源流だったかと思うと感慨深かった。今回の釣行では短い時間しか釣らなかったが、それなりに伊豆の渓を堪能することができたと思う。また静かな時期に再訪したいものである。

1998年3月3日  伊豆大見川水系

1998年2月17日 (火)

佐久解禁釣行(雪中の釣り)

<県境の峠>

2月1日解禁、岐阜県、愛媛県、福井県、愛知県の一部。それに続いて長野県が2月16日に解禁となる。寒い信州がこの時期に解禁するのは不思議である。しかし時機尚早と知ってもなお釣り人は解禁に踊る。関越自動車道から上信越自動車道に入ると奥秩父の山々が近づく。妙義山が北アルプス剣岳の様に断崖岩壁を纏って峻烈な勇姿を見せる。荒船山は雲に隠れていた。避暑地軽井沢のICを過ぎると対面交通になり、長いトンネルが続く。碓氷峠は古い歴史を持つ。

その昔は旧軽の見晴台にある峠が霧積川と碓氷川の間の稜線の杣道で横川に通じていた。国鉄時代の横川~軽井沢間はアブト式や二重連、三重連で有名。昨年オリンピックに先駆けて開通した北陸新幹線が通過する横川は、峠を下りてきた旅人やこれから峠に向かう旅人の休憩地として賑わいつづけた。自動車が走るようになり、108のカーブがある碓氷峠の旧国道が峠道になったが、車にとっても難所だった。その後、入山峠に碓氷バイパスができて碓氷峠は静けさを取り戻した。そして今は高速道路のトンネルで抜ける。便利になったが、やはり味気ない。

<佐久の渓>

長野県は山梨県と同じく山に囲まれている。という事は渓の数も多いということである。確かに多い。そして入漁券が漁協によってかなり異なるという不思議もある。それだけ内水面漁協がしっかり自立しているということだろうか。

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佐久市内を抜け千曲川を渡る。良い流れだ。本流にも釣り人は多い。さすが解禁日。佐久町のコンビニでRYONさんと合流。山男魚さんちでのコーヒーOLD(off-line drink)以来の再会である。RYONさんのホームリバーに案内してもらう。釣り人は多い。駐車できるところにはほとんど車が止まっている。とりあえず宿泊地まで行くことにした。

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宿泊地に車を止め入渓。雪が深い。積雪は30cm以上。吹きだまったところは腰ほどの深さもある。渓に下りるのに汗をかく。ダムの所為か石がヌルっとするが、魚の気配あり。毎年そう思うが釣れた試しは少ない。テンカラ? この雪ではそんな気は起こらず、最初から餌竿しか持たない。渓流釣りでのボーズと1尾の差は果てしなく大きい。確実に1尾を見てからなら、毛鉤を振れる。まだ修行の足りない釣り師の心境とはそんなものだ。もっとも修行を積んだ釣り師はこんな2月の中旬から渓に立ったりはしない。半年近い断食の末期に「まだ熟れてないマズイ果実だが食いたきゃ食っても良い」と言われて、思わず噛り付いてしまう様なものだ。

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しかし渓師にとって、解禁はそれでも食いたいものである。頭の中は良型の岩魚・山女魚でいっぱい。釣れない現実を予測しても、もしかしたらという考えが脳を占拠する。これを抑えるには相当な修行を積み、徳の深い渓師とならねばならない。あるいは、飽きるほどの尺上を釣って、確固たる自信をつけなければならない。(私には到底無理)

そんな風に理由をこねくり回して餌竿を持つあたりが、我ながら人間臭くて良いと思う。思えば釣りという行為は決して高徳なものではない。 第一そこに生きる魚を趣味で捕る(釣る)という事自体、人間の性(さが)の身勝手な部分である。魚にとってはそんなヤツが偉い訳がない。渓魚にとって見ればとんでもない悪党か。

<初釣果>

しかし頭を巡らす色んな考えも目印がスッと動いた瞬間に、宇宙の彼方に飛び去ってしまう。そこにあるのは、「釣ってやるぞ!」という気迫(裏を返せば強欲)だけになる。トロ場、底スレスレに流す。流れて沈んだ小枝が何度も釣れる。またかと思って竿に聞いてみると反応が返ってきた。上げるがやや重い。水面に岩魚が出た。かなりの型。さっきハリスを0.3号に落とした。切れたら嫌だ。水面上を滑らせ、岸の雪の上に落とそうとした。

その時、運の強い岩魚は岸の雪に当たった瞬間に鉤を外すことに成功した。雪が滑り台になって、岩魚はポチャンと流れの脇に落ちた。そしてニョロニョロと体をくねらせて、流れにお帰りになってしまった(^_^;)。迷いのある証拠だ。0.3で切れるわけがない。良型といっても尺には届かないサイズ。それにこの水温。動きは鈍い。確実に取り込むべきところだ。やっぱり未熟?悔しいが仕方がない。どん詰まりの堰堤下にいるRYONさんのところへ行く。 対岸で釣らせてもらう。 大物の気配あり。 しかしフトコロのあるところでは必ずそう思う。 実際に居るかどうかは本当はまったく判ってはいない。明確なアタリ!アブラッペ(^_^;)。 またまた明確なアタリ!やっぱりアブラッペ(^_^;;;

RYONさんはあきらめて少し戻ったところで岩魚を釣った。ムムッ、私はボーズ。まだボーズ。頭の中でボ菌が細胞分裂を始め、驚異的な速度で繁殖し始めた。ジャンプの原田の気持ちが解ったような気がした。後で知ったのだが、この日原田は見事に団体で失敗ジャンプの後バッケンレコードを出して大逆転劇を見せてくれた。私と原田がどこかで通じ合ってたなんて考えは毛頭ない。只のこじつけだ。しかし釣り人はこじつけるのが得意だ。釣れれば今日は陽が射さないので魚がエゴから出てきたといい、釣れなければ今日は寒いので魚が餌を追わないと言う。そして別の日には平気で反対のことを言う。

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しかし、岩魚は釣れた。証人がほしい。RYONさんだ。魚の下顎をつかみ、30mほど上流に居るRYONさんのところまで行く。これでとやかく言われずに済むぞ。RYONさんが「証拠写真撮っとけば」と言う。そうか、そうすりゃいいんだ。ベストのポケットからコンパクトカメラを出し、シャッターを押すと、ボーズの呪縛から解かれた様な気がした。(しかし後日で来た写真はピンぼけであったというオチがついた)

いやぁ!今年は釣れそうだ(^_^)。

<解禁翌朝>

宿で目覚めたのはもう8時になろうかという時刻。今日は南へ下り他の渓を釣るつもりだ。この時間に起きたのは宿の食事が8時からだという理由。さすがに早朝から入渓しようなんて気はさらさらない。食堂の人に今朝の気温を聞く。「7,8度かな」との答え。「零下」とか「マイナス」という前詞は付かない。都会に暮らす私には一瞬プラス7度かと思えたが、すぐ違いに気づいた。氷点下であることが当たり前なのだ。

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朝飯の前に温泉に入る。気分は最高。湯に浸かっていると釣りなどどうでも良くなってきた(^_^;)。しかし、何のために来たのか。こういう時は川を見れば、あっという間に釣欲が高まってくる。

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宿をチェックアウト、車のエンジンキーをひねる。ボロロロ・・・、ゆっくりではあるが始動した。実は一昨年の解禁釣行で大失敗を演じた。 下伊那の月川温泉で朝の氷点下10度を超える冷気にディーゼルエンジンは始動を拒み、苦労の果てに始動させたが、1500回転以上に上がらない。何とかスタンドまでたどり着き、寒冷地用の軽油を補給してようやく復活。その経験をもとに今回は佐久に入ってから給油しておいた。

昨日の午後、気温が上がり雪がかなり解けた。 それだけに今朝の道路は危ない。 氷の上に今朝から降り始めた雪がうっすらと積もっている、一番滑りやすい状態。 慎重に坂道を下った。

<杣添川>

海ノ口の自動車修理工場で南佐久の入漁券を買う。放流実績の地図をもらう。「ウ」というマークがたくさん入っている。「こんなに沢山入漁券売り場があるんだ」と言ったら同行の得さん爆笑。「ウ」は売り場の「ウ」ではなく「ウグイ」の「ウ」だった。まさか「ウ」をそんなに沢山放流するとは思わなかったからてっきり「イ」は岩魚、「ヤ」は山女魚、と来たのに「ウ」は売り場だと思い込んでしまったのである。

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「岩魚でなく山女魚を釣りたいね」と得さんが言う。「ヤ」のマークは杣添川にある。国道の橋の傍のコンビニの裏から上流に向かうが、数百mで行き止まり。当然先行者あり。

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葦の河原を川までラッセル。途中で何度か踏み抜く。落差もある良い渓。得さんが上流で連釣。岩魚のあとアマゴが連続で出たらしい。私はボーズ。アタリもない。

<西 川>

西川は道路沿いの川。入渓はどこからでも可。それだけに釣り人は多い。県道の脇にRVRが止まっていた。車内には犬が居た。犬をからかおうと近づくと、助手席で釣り人の奥さんか彼女と思しき女性がシートを倒して眠っていた。きっと旦那がちょっと釣ってくるからと言って、川に入ったまま帰ってこないので眠ってしまったのだろう。

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西川は人の多いことで有名な川。きっと昨日の解禁日は相当の賑わいだったにちがいない。しかし、今日は氷点下の冷え込みとかなり強い風のせいか、混んでいるというほどではなかった。とりあえず人の居ない堰堤間を釣ってみようと川に下りた。まず、得さんが橋の下の深みに第一投。放流ものなら絶対に入っている場所だ。何度か流すが出ない。そのうち次の堰堤の上へ得さんは行ってしまった。

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堰堤下の深瀬。ここには必ず居るはずだ。居ると信じ、そのポイントを流す。イノシシ大の岩が沈んでいる脇のタルミでアタリ。15cmの岩魚。 今度は堰堤の下のテトラのエゴ。18cmの岩魚。続いて15cm岩魚。ほとんど去年の稚魚放流か。でも鰓の状態は良い。そして大物の臭いのするデカいトーフ石の下のエグれ。ここには絶対に居る。まず出たのが12cmのチビ岩魚。同じ流れで20cmが続く。そして、しつこく流した何投目かに重いアタリ。

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水温が高い所為か(6度あった)、ここの岩魚はしっかりとアタリが出る。重いアタリはほとんど提灯仕掛けの竿をしならせる。しかし、0.5号の通し。尺上も怖くない太さ。ぐっと抜き上げると、意外と他愛なく上がった。重さだけは結構重いが、サビの出た放流の岩魚。サイズを測ったら25cmあった。しかし尾鰭が丸い。普通なら最初に食うはずのサイズが、小さい個体に先を越されていたのかもしれない。不憫なヤツよ。

得さんに見せたら、「岩魚の甘露煮みたい」という。なるほど、サビていて尾鰭が丸いと甘露煮に見える。そう言えば宿の朝飯のおかずに虹鱒の甘露煮が出たっけ。 結構いける味だったなぁ。

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早々に切り上げて帰途につく。山梨県に入ると雪が少なくなった。須玉に下りるとほとんど積雪はない。西川と須玉川はJR最高地点(野辺山)で最接近する。その距離わずか数百m。しかし、それぞれの水量は大きく異なり、流域の天候も積雪も違っていた。甲信の峠は越えると天気が違うことがしばしばある。長野県は雪だったのに、峠を越えた山梨県は晴れていた。冬から春へ一気に帰ってきた、そんな気がした。

1998年2月16日~17日 長野県佐久地方

1997年11月19日 (水)

丹沢ホーム札掛渓流釣り場

国民宿舎丹沢ホームといっても実は民営である。丹沢自然保護協会の中心的存在。宮ヶ瀬からも秦野中井からも距離は近いが道が細く40分はかかる。不便なだけ自然は多く残る。丹沢では増えすぎているという鹿も頻繁に見掛ける。もしかしたらツキノワグマの期待も・・・・・。

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ここのファンは多く、平日でも駐車スペースは8割方埋まっている。丹沢ホームでは宿泊できるほか、食事も出来るし、ちょっとした釣りの小物も販売している。丹沢ホームの札掛渓流釣り場はそんな場所にある。全長2.5km。そのうち1.2kmが餌つり区間。毛鉤はFF、テンカラとも下流の1.3km区間が釣り場になっている。ここにはマスの仕切りなど無い。まったくの自然渓流である。

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この管理釣場で看板のある堰堤が毛鉤エリアと餌釣りエリアの境界。 ただし、養魚場下流の堰堤からその下のこの境界の堰堤までは、放流もなく魚影は非常に薄い。

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ちび山女魚はいたが、上流から落ちてはいなかった。釣行は11月19日、丹沢は紅葉の盛り。峪は本当に美しかった。渓流釣りの期間は3月から9月だから、紅葉を楽しみながら釣りをすることはほとんどありえない。釣期の比較的遅い神奈川県でさえ10月14日までだから、この素晴らしい紅葉の中で竿を出せるのは至福である。

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こういう自然渓流をそのまま利用した管理釣場が最近あちこちに出来てきているが好ましい。釣り好きの御仁のオフシーズンの憂さ晴らしに最適なのは言うまでもなく、ビギナーの練習にも良いと思う。

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この日、餌つりの放流区間で40cmほどの大岩魚を釣り上げている人も居た。放流区間の傍には生簀があり、ニジマス、山女魚、岩魚を養殖。 生簀は魚の成長度合に分けてある。

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上流でおそらく鹿のものと思われる白骨を見つけた。半日で3頭の鹿に出会った。 の丹沢ホームは、人の多い丹沢山域のなかでももっとも自然が残されているエリアなのかもしれない。(丹沢の鹿が増えすぎているのも原因だが)

1997年11月19日  丹沢ホーム札掛渓流釣り場

1997年9月30日 (火)

日川(納竿釣行)

ついに禁漁前日。東京近辺では神奈川県の10月14日までという漁期はあるが、やっぱり9月30日は今年最後の渓の日という感が強い。最後の日にどの川に行くか、実は中央自動車道を走り、大月付近を通過するまで決めていなかった。とりあえず山梨県という事だけは決めていたのだが、渓の選択は走りながら考えようと思った。

相模湖を過ぎ、道志川、秋山川、鶴川、葛野川、桂川、ああどこにしよう。第一、午前7時に家を出たんじゃ、どこも先行者でいっぱい。この時期はやはり沢に分があるから、今日も貧果だな・・・。猿橋発電所を見ながら、ふと日川が頭に浮かんだ。釣り場案内の本が出て、釣り人が激増し、一気に魚影を薄めた日川。なぜその日川なのかは自分でもわからない。

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竜門峡の下で出合う焼山沢、水量OK、しかし先行者車2台、林道の奥にも入っているだろうから、少なくとも3人以上。嵯峨塩付近も駐車スペースごとに1~3台が停車。車を覗くと大部分が釣り人らしい。ついにダム手前のペンションすずらんまで来てしまった。期待のタキ沢にもすでに人が入っているとすずらんの御主人が教えてくださる。まあ、他人の後でもいいか。そう割り切って、女将さんから入漁券を買った。

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いちのたいら橋から本流に入渓。日陰の岩に濡れた足跡があるが、かなり乾いている。おそらく朝一番に誰かが入ったのだろう。沢はイワナだがここはアマゴだから、居れば出るかもしれない。橋から20m上流のボサの下で小さ目の1尾が出た。いるいる。やはり瀬尻に定位している。少し遡って2尾目、さっきのよりちょっと大きいが、発育の遅れた2年魚と言った感じ。

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近郊の渓にしては絶好調で、200mほど釣って10打数5安打。これでこそ「ボ菌」のお祓い釣行と内心喜ぶ。今日は珍しくレベルラインが言う事を聞いてくれる。私の場合都筑師匠からも指摘を受けたが、振り込みが下手。ところが今日はうまくいっている。

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にんまりしながら遡行していると、先の浅瀬できらりと光るものがあった。なんだろう?と目を凝らしてみると、雌のアマゴが産卵床を掘っている。しばらく置いて、また全身をくねらせながら尾鰭で河床を叩いている。 雌アマゴの傍には3尾の雄アマゴが体を摺り寄せている。雌が河床を叩き始めると少し離れるが、雌が止まるとさっと傍に寄ってくる。

目の前に展開されている営みを見て、釣欲は消え去ってしまった。 そのうち石の下で尾鰭を覗かせている雌を発見。近寄っても逃げない。石のエゴに頭を突っ込んだまま尾鰭だけを横に振っている。私は手を伸ばし、そのアマゴに触れた。掴まえようかと思ったが、そうしなかった。そうする気になれなかった。 竿をたたんだ。

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しばらくはアマゴを観察しながらの遡行。いくぶん婚姻色のでた個体も居る。こうしてじっと水の下に目を凝らしていると、いろいろ見えてくる。 これより上流はダム工事のため立ち入り禁止と書かれたところまで、入渓点からわずか300mだったが今年の最後を飾るにふさわしい釣行となった。

脱渓してペンションすずらんに立寄り、昼食をとる。 ちょうど正午だったので、ツーリングのライダーや、キノコ採りの人々でにぎやかだった。 他のお客がすべて出て行き、私が最後の客となった。

「お客さん、釣りの人は釣りだけすると帰ってしまうけど、山がお好きならキノコやら山菜やらを採られると良いですよ。釣りは今日までですが、10月に入ったら、キノコは全盛だし、もし不安なら、採ってこられたやつをウチで選別してあげますよ。」

女将さんは親切な方である。朝霧さんも今年ここに来てたと思うけど、バイクの人、登山の人、山の幸の人、釣りの人と、ここに集まってくる理由がわかる。
「また来年もいらしてくださいね。」
「どーも、お世話様。」
と私が応えると、すずらんの食堂の片隅で飼われている九官鳥が 「ドーモオセワサマ」と繰り返していた。

1997年9月30日  山梨県 日川

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