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1997年5月

1997年5月29日 (木)

そうめにすと倶楽部初訪問

東北は憧れの渓流天国、東北や北海道の渓流に対する渓流師の概念は、首都圏の渓流師がもつものとはかなり異なるように思う。魚対人間の比率が根本的に違うのである。その違いはあまりに大きい。ただし東北も有名河川は釣り人が多くて魚影も薄いらしい。薄いといっても、丹沢あたりの基準で言えば、メチャンコ濃いというレベルなのだが・・・・・・。

瀬音会議室の山形の仲間はアクティブ極まりない。彼らの名を人はそうめにすと倶楽部と呼ぶ。

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5月28日~29日に件の同行者得さん、朝霧が好きさんとともに一路山形へ向かった。東北自動車道の村田JCTから山形自動車道へ入る。懐かしい白石川、名取川水系を見て走る。2年前に白石川の支流の横川、澄川と名取川の支流北川で釣りをした。釣果もなかなか満足行く釣りであった。しかしそれらの川は伊藤稔氏がTV等でさんざん紹介しておられ、今は相当なメジャー河川となっている。北川の名乗沢出合下流の古関の大堰堤上にタラノメの宝庫がある。しかし、笹谷峠にスキー場が出来てから、出砂が多い様だ。それでもスーパーヤマメはいるに違いない。

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笹谷トンネルを越えると山形県である。山形県はほぼ全域最上川の流域である。「五月雨をあつめて速し最上川」と詠われた最上川では多分石斑魚と思われるライズが見て取れた。

まもなく寒河江の郁楓庵に到着。各所でメンバーと合流しK川へ行く。K川は地元でも穴場らしく、さんざん釣りまわったのに誰一人として釣り人に会わない。それらしき車も止っていないのである。しかし、平日の山形で釣りをする渓流師が果たしてどれだけいるのかは?である。

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里川だが、本格渓流の様相も少しある。しかし、基本的には里川の方が魚影が濃いのが常である。いかにも渓相素晴らしく、岩魚山女魚がいますよという川は意外に魚影が薄い。川相からしてK川は釣れそうな感じがした。

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果たして餌釣りの得さんは50尾超という爆釣モードに入ってしまう。しかし、この日は水温が9度とこの時期の山形の里川からすると低い。魚の付き場はほとんど白泡の下。テンカラではほとんど勝負にならない。それでも都筑師匠は何尾か掛けていた。全くもって地元の名人はすごいものだ。こっちは見事にボーズである(^_^;)。しかし、天候気候によって釣果がこれほど違ってくるから釣りというものは不思議なものだ。

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K川の水量は普段の2~3割り増しだと都筑師匠は言う。丹沢の極端に水量の少ない渓で遊んでいる私は、撥水ズボンにウェーディングソックスという渇水時のいでたちであったが、後悔する羽目になった。東北の渓流は意外と流れの押しが強く、ついついパンツまで濡らしてしまうのだ。これには参った。水温も低いので冷たい思いをしてしまった(^^ゞ。K川を午前中に脱渓し、地元の名物蕎麦「原口そば」を食べる。パソコン通信で気の知れたそうめんの仲間だから話も弾む。初めて会う人なのに旧知の友のように打ち解けて話が出来るのはネットワークの人間関係がもたらす素晴らしさである。

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午後はそうめんのメンバー「秀」さんの取っておきの渓に向かう。ここは自然の種沢となっているのか、魚影の濃さは凄い事凄い事。ただし凄い薮である。その後場所を少しだけ移動して、AS川の上流へ向かう。道が沢を渡ったところで車を止め、ここから伝説が始まった。

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しばらくして落ち込みで岩魚の魚影。2尾は確認。多分もっと入っている。振り込むが出ない。そうこうしているうちにPLAさんがライズを発見。
「あっ、ライズだ!」
「えっ?どこ?」
「ここ!」
そういうとPLAさんはその位置にすっと振り込んだ。間を入れず岩魚が出る。

この展開を都筑師匠は予言していた。おそるべし。「秀」さんとともに予言の的中を爆笑していた(^^)。私はぐうの音も出なかった(-_-;)。

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この日は午後3時くらいまでそうめんのメンバーと楽しい釣りをする事が出来た。この場を借りて改めて感謝したいと思う。皆さんありがとうございましたm(__)m。


<翌日 5月29日>

PLAさんの郁楓庵にて一夜の宿をお借りして、翌朝は最上白川源流へと向かった。最上白川も実は伊藤稔さんで有名である。この辺を逸脱できないのが、都会の釣り人の情けなさかもしれない。しかし、さすがに平日、釣り人には会わなかった。丹沢あたりでは考えられない事。それもこれだけ広大な水系を走り回ってのことだから感心してしまう。

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西ノ又沢は今年から3年間禁漁となっている。こういう禁漁の措置の是非はわからない。禁漁が解けた年にどっと人が押し寄せ釣りきってしまう事もあると聞く。禁漁にするならここぞ種沢といえるところを永遠に禁漁にした方が管理もしやすい様に思うのは素人考えだろうか。

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根ノ崎沢出合のスペースに車を止め入渓。山菜取りの地元の軽トラックが2台並んで止っているのでその脇に止めさせてもらう。さっそく根ノ崎沢出合で得さんと朝霧が好きさんが仕掛けを準備して釣りはじめる。得さんは本流?へ、私と朝霧さんは根ノ崎沢へ。水温は5度。所々にまだ雪渓がのこる。やはり毛鉤には出ない。悔しいが時機尚早かもしれない。

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根ノ崎沢を諦め、朝霧さんと僕は得さんのところに向かう。彼はまだ出合近くの堰堤下で釣っている。岩魚を2尾キープして生かしていた。腹の橙色が鮮やかなニッコウ岩魚である。ううう、やっぱり餌釣りの天下か。

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この堰堤下から「まだいる」と言っては、ポンポンと岩魚を釣り上げていた。テンカラ組はそれを見て、やっぱりこの時期は餌釣りに軍配が上がる事を認めざるを得なかった。冬路沢と夏路沢の出合から今度は朝霧さんが夏路沢、私と得さんが冬路沢へと入った。ポイント毎にほぼ岩魚は入っているが、やっぱり毛鉤には出ない。

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そんな中で今回の釣行で爆釣の炎を吐きつづけた得さんはやっぱりここでも連釣していた。私はもう意地になって、馬鹿の一つ覚えのように毛鉤に固執していた。それでも岩魚が水面を割って出ることはなかった。

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今回は完全に餌釣りの天下だった。それでも豊穣な山形の渓流にすっかり魅せられてしまった事も事実。林道の遥か奥にそびえる神室岳の残雪が素晴らしい脱渓点で記念撮影をした。

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そうめんのメンバーがとてもうらやましくなった。なぜなら、こんな素晴らしい渓流に、それも数え切れないほどの渓流に囲まれて暮らしているのだから。都会の渓流師である私たちにすれば、桃源郷に住む人々とさえ思えてしまう。今回は残念ながらボーズに終わってしまったが、テンカラ盛期に再び訪れて復讐戦といきたいところだ。

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そうめにすとの面々と会えたことが今回の釣行の最大の釣果?だった。すばらしい環境こそがすばらしい技とすばらしい釣師を育む。関東でどちらかというとセコい釣りをしている私だが、山形には通う羽目になるだろうと強く感じた。 (謝謝)

1997年5月28~29日 

1997年5月14日 (水)

西米良村のとある沢

この渓は■瀬  音■でカワセミさんに教えていただいた。西米良村と椎葉村は九州でも僕の憧れの地である。開発され尽くした感のある九州でもこんな所があったのだと思わせてくれる。植林率は比較的低い。渓相は昨年の鹿川のほうがきれいだが、いかにも自然河川という雰囲気がある。カワセミさんとJUNさんにはあらためて感謝したい。

西米良村釣行記

月曜の夜は22時に仕事を終え、取り寄せておいたレンタカーで、得さんと西米良に向かった。一ツ瀬ダムに着いてダムの水量をみるとマイナス20m。あとでJUNさんに電話した時に聞いて初めてあのダムはなかなか満水にならない事を知ったのだが、真っ暗な真夜中のダムのほとりでこれは水況まずいかな?と不安がよぎった。

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昼間。時間が空いた時、宮崎港の近くの釣具店で山の水況を聞いた。最近ほとんど雨という雨が降っていないという話だった。ダムの水況をみて入渓する川を決めようと考えていたので、S沢に決めY橋を目指して走り着いたとばかり夜の林道に突入した。

ところが道を間違えた。最奥の民家の脇を抜けていくと、道はどんどん川から離れ高度を増していき、川の音も聞こえなくなった。採伐場だ、Uターン。上る時は気合いが入っているからあっという間なのだが、引き返す時の時間のスピードはとても遅く感じる。ようやく国道に戻りY橋の手前の舗装路を入っていくと、タヌキに遭遇。慌てて藪に入って行く途中にずっこけた姿が愛嬌たっぷりだった。S沢最初の橋で車を停め、夜明けまで一眠りすることにした。4時にアラームを合わせ仮眠 zzzzzz。

朝4時、アラームに目覚めたが何と暗いではないか。東京だと4時にはこの季節なら明けてきているのに、西日本は夜明けが遅いんだと気づいてさらに1時間の仮眠をむさぼる。

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S沢に入渓。得さんは出合から釣り、僕は橋から少し上がった所から釣り始めた。得さんは出会いでイワシに似た尺上の魚を2尾釣ったという。当然C&Rなので、その魚を僕はみていないのだが、JUNさんの話と同行者の話を合わせるとどうやらハスのよう。しかし、ダムのバックウォーターよりかなり上がった所なので、はたしてそこまでハスが上るのかは、よくわからずじまい。

得さんは餌釣り(ブドウ虫)、僕はテンカラ。今年はとことんテンカラで行く。すぐに得さんが追いついてきた。彼はボサの下にチョウチン仕掛けで餌を落とし、6寸クラスをいくつか上げている。魚影は非常に濃く、水も澄みきっているので魚がよく見える。畳1帖位のポイントに、数尾のヤマメが入っている。

しかし、毛針に反応しない。見に来るのだが、手前でスッと戻る。毛針が大きいのか? 毛針を小さくした。でも反応は変わらない。毛針を茶系統にしてみた。

あっ、くわえた!・・・合わせそこない。
へたくそっ!・・・もう一度打つ。
出た!掛かった! 6寸のきれいなヤマメ(エノハ)だ。

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頭上の林道をジムニーが上っていった。やられたか。誰も入らないと思っていたのに。まあ足跡が出てきたら上がろう。ここでは自分たちはよそ者だ。遡行しているうちに、絶好のポイントを発見。倒木と岩に挟まれたポイントは直径50cmくらいの小さな場所。

へたくそなテンカラで振り込めるのか不安。一投目、入った!見に来た!だが、くわえていない。鼻先で突付いただけ。二投目、また入った。まぐれだ。出た!くわえた!倒木に絡まないようにすばやく寄せた。餌釣りではこの条件は難しい。7寸のヤマメ。

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目がびっくりしたようでかわいい。リリースすると、パニックの極限状態だったのか、対岸まで一直線に走り、川岸にトンと跳ね上がり、岸の上ではねている。やれやれしょうがない奴だ。水に再び戻してやると、深みに消えた。

足跡を見つけたので、沢を変更する。次は銀鏡川(これをシロミと読むのを現地で初めて知った)の支流登内川に行った。民家の切れた所から堰堤まで釣ったが、こちらはボウズ。カンカンの日照りになってアタリも遠のいたので納竿し、12:00~13:00の通行止め解除の時間に合わせて帰途についた。

登内川は明るい川でうわさで言われるような霊がいるなどとは思えない川。S沢は素晴らしい渓流で、魚影は濃いし何より川にゴミが一つも落ちていない事に感心した。今回は大物には出会えなかったが、広葉樹が沢山残り、なおかつ川にゴミのない西米良村だから、谷の奥に大きなヤマメを潜まているのだろう。そして何度か再訪して初めて釣らせてくれるのかなと思った。

1997年5月14日  宮崎県西米良村

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