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1997年8月

1997年8月27日 (水)

盛夏の狩川(清流と堰堤)

東京に住んでいると、近場の渓流といっても片道1時間以内で行けるところはほとんどない。しかし運良く東名の用賀インター付近に住んでいるおかげで、丹沢の渓流には1時間余りでたどり着ける。世附川もそうだし、同じ酒匂川水系の狩川も短時間で行ける。

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8月のある日、気温は30度を超えている。こんな日でも渓に行こうと思ってしまう性(サガ)は渓流釣師の常。太陽は暑く降り注ぎ、渓魚は岩の下に隠れてしまうような日である。渓流の近くに住んでいれば天気を考えて他の日に回すのだろうが、東京渓流師はそうは行かない。わかっていても出掛けてしまうのだ。

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明神林道の橋から入渓、ところが100mほど遡行したところで堰堤工事にぶつかった。山肌を削って大堰堤を建設している。150m下流には古い堰堤があり、約2km上流には二段の大堰堤がある。堰堤の間にこんな大堰堤を造っていったい何になるというのだろう。

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来年の春まで堰堤工事は続くらしい。実際、釣っている最中に、ひどい濁りが入った。この工事の濁りは渓魚にとってはかなり致命的だ。われわれ人間が空気を絶たれるのと同じで、鰓(エラ)呼吸している彼らにとって工事の泥濁りは呼吸困難の原因となる。

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来月には大きく濁る工事をやるようだが、この堰堤工事から下流は今年はもうだめだろう。この堰堤工事の個所から下流が酒匂川漁協の放流域なのだが、明神林道の橋の周りに林立していた緑と水源を守る会の立て看板は釣り人に対しては辛辣だが、堰堤工事に対してはどうなのだろう。道路工事も河川工事も、どうも納得のできないことが多いが、住民も逆らえないということだろうか。堰堤工事をパスして上流に入ると、そこは苔むす岩の山岳渓流の雰囲気になる。ここから2km上流の2段堰堤まではなかなかいい雰囲気の渓相。 遡行も楽しい。 途中ゆりかご型の大岩があり、そこで昼寝をするとすこぶる気持ちがいい。

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山女魚は居る。ただし相当にスレている。連続でバラすが、ようやく1尾目を掛けた。 れいで幅広のなかなか良い山女魚だ。型は20cmに満たないが満足。もっとも先日この辺りで32cmを餌釣り師が上げたらしい。白泡の落ち込みが続き、大物の気配も濃い。途中で掛けた山女魚はやや金色がかった珍しい色をしていた。 パーマークはややぼけ気味で、形は不規則。 酒匂川水系の沢の山女魚とは違うパターンである。 狩川のこの域の山女魚はどれもパーマークがボケ気味で不規則であった。

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昼に近づくにつれて、暑さが増してきた。汗が流れ、眼鏡が曇り、釣りにならない。魚は大岩の下でちょろちょろしている。岩の下を何個所かのぞいたら、いるいる・・・・・2、3尾の山女魚が流下する餌を食みながら、ゆらゆらと泳いでいる。 あまり暑いので2段堰堤のところから黒白林道(川入林道)にもどった。 狩川は本来は水がきれいないい渓である。

1997年8月27日 狩川

1997年8月 8日 (金)

知床のオショロコマ

知床の渓流は本州の渓流に似ている。比較的傾斜の緩やかな河川が北海道には多いが、知床の渓流は落差も激しく流程も短い。ただ水量はそれなりにあるので、地図上の川の規模から連想するよりは水量は豊かである。そして忘れてはならないのが、知床は北海道のなかでも指折りの羆の生息地だと言うことだ。

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家族を宿にデポして、夕食までの1時間あまりを羅臼川で過ごすことにした。小雨日和で活性は高そう。宿から10分ほど下ると湯元橋、ライダーズハウスがあり夏の北海道のツアラーで賑わう。ただ、この日の気温は15度、彼らにはちと厳しいかもしれない。湯元橋のライダーズハウスの脇から川に降りる。橋の下にザックを見つけた。はて、先行者か?よく見るとボンベやコッヘルもある。野宿ライダーの荷物だった。おそらく熊の湯の露天風呂にでも行っているのだろう。

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羅臼川の魚種はほとんどオショロコマ。たまに羅臼の町中でヤマメが釣れることもあるらしい。知床の他の河川に比べて堰堤が多いので天然の遡上はないだろう。ただ出水時に落ちてくるのは居るはずだ。私が釣ったのは堰堤の間、放流していなければ釣れそうも無い区間だが、オショロコマは驚異的に濃かった。1投目から毛鉤にアタックしてきた。そして毛鉤にアクションを加えると、信じられないほどのアタックが繰り返される。一流しで複数尾のアタックも珍しくない。こんなに魚影の濃い川は初めてだ。

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羅臼川のオショロコマの体側にある朱斑はアマゴの朱斑よりも更に見事だ。写真ではそれが出てくれないので残念なのだが、実物は白石勝彦氏の『イワナの顔』に出ている羅臼川のオショロコマの写真そのものだ。また腹部のオレンジ色も美しく、沢の岩魚のオレンジの鮮やかさより更に美しい。釣るたびに見とれてしまう。

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こんな美しいオショロコマを地元の釣り人は「川のゴミ」とさえ呼んで対象魚にしないと聞いた。確かにサイズは20cm止まり。魚影は濃すぎて、今回の釣行でも1時間余りで50尾以上を掛けてしまった。これだけ釣れると面白くないのかもしれない。しかし本州の釣り人である私にとっては楽しくてたまらない。 そして河原の石ころのようにきれいなオショロコマがは次から次へと釣れてくる。

 

翌朝、熊の湯の駐車場で仮眠を取っていたひろしさんと待ち合わせ知床の渓を案内してもらう。ひろしさんのパジェロはショートで軽快に走る。羅臼の町を出て相泊方面へ10分も走るとサシルイ川の河口。さっそく降りて竿を出した。

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サシルイ川の釣り場は河口からわずか30mのところから始まる。海岸を走る道路の下がすでに釣り場なのだ。カモメが頭上で鳴いている。そう言えば羅臼川もカモメが頭上を鳴きながら飛んでいた。知床の渓流の素晴らしさはそういうところにもある。

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ただしサシルイ川も少し遡行すると羆のテリトリー。不用意に遡ることは危険だ。しかし、大して遡らなくてもオショロコマは遊んでくれる。 ここも羅臼川と同じくらい、オショロコマの魚影の濃い川だった。30分ほど釣って、ひろしさんに相泊まで案内してもらった。海岸にある瀬石(セセキ)温泉、相泊温泉。日本の最東北端はラーメン屋さん。最果ての風景は小雨日和のなかでさらに最果ての雰囲気を見せてくれた。

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知床でのオショロコマ釣りを楽しんだ後、ひろしさんに標津のサーモン博物館を案内してもらった。標津町では町中がサーモンを意識しているようで、標津河畔に造られたこの博物館も、渓流釣り師にとっては魅力的だ。サーモン博物館にはさまざまな渓魚が飼育されている。ただ水槽で飼われていると、ぶつけるのか鼻の頭が白く丸くなって、ひれもボロボロになるようだ。見ていて心苦しい面もあった。しかし、多くの人々にサケマス属の生態を知ってもらい、川のことについて大事に思ってもらうためには必要なこと。

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標津町のサケマスの遡上は8月から10月が最盛期。 私たちが訪れた8月上旬にはまだ遡上が始まっていないらしかったが、お盆すぎにはカラフトマスもシロザケも遡上を開始するらしい。 忠類川、標津川はもちろんの事多くの河川で橋の上から遡上が観察できる。 また標津川の金山の滝付近では、天然のサクラマスの遡上産卵も見る事ができる。北海道に限らず、国内では鮭の釣りは禁止されているが、ここ標津町の忠類川だけは鮭の釣りができる。

標津のサーモン博物館を出て阿寒湖へ向かった。北海道の道路はアベレージ80km/hで走るのが気持ち良い。ただし捕まれば青キップだが、90km/hだと赤キップになるので小心な私には80km/hがベター。阿寒湖の宿にまたまた家族をデポして(悪い親父だ)、ひろしさんと阿寒川を観に行った。入渓ポイントで車を止めて川を観ていると、『阿寒湖漁協ワカサギ部会』と書かれたジムニーに乗って、漁協のおじさんがやってきた。釣り人と思ったらしい。手ぶらのひろしさんとカメラしか持っていない私を見て、いささかがっかりしていた様だが、それから30分ほどいろいろな話を聞かせていただいた。おじさんは阿寒湖漁協の有名人「トクさん」であった。

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阿寒川は濁りの入らない川。湧水が多いためである。また、適宜阿寒湖からの放水があるので、水位も安定している。魚影は濃いとはいえないが、大物が多いらしく、看板にも30cm以下はリリースと記してある。ということは、私がこれまで釣ってきた魚はすべてリリースしなければならない事になる。さすが北海道。

 

トクさんは餌釣りの釣り人が小さい魚も根こそぎ持っていってしまうと嘆いていた。餌釣り派のひろしさんは苦い顔をしていたが、確かに関東でも餌釣りの人にマナーの悪い人が多いと思う。ただそれは比率の問題で、どんな釣り方であれ、良い釣り人と悪い釣り人がいる。釣れないからと言って漁協の人に、釣れない川で入漁料なんか払う必要はないという人もいるらしい。自分の腕は棚に上げて。私などは、下手を自称している位だから釣れなくても仕方が無いと思っているが、それよりも、渓を守り渓魚を育んでくれている漁協の人に対してさえそんな態度を取る人は渓に入って欲しくない。
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その後、支流の清流川近くに行ってみた。阿寒川は豊かな水量をたたえている。そして、河畔には温泉も湧き出しており、ここが温泉地である事を示していた。河畔の源泉は湧き出しで60度は超えているだろう。写真の溜まった湯舟?部分でも50度はあった。 阿寒川は本当に不思議な釣り場である。

いろいろとご案内いただいたひろしさんに心から感謝したい。

1997年8月8日~9日 知床から阿寒

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